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太平洋でも汚染水海洋放出「規制条約」を定めるべき|【尾松亮】廃炉の流儀 連載47

 1月30日、国際原子力機関(IAEA)は福島第一原発の汚染水海洋放出後初めてのレビュー報告書を公表した。「国際安全基準の要求と合致しない点は確認されなかった」と改めて海洋放出にお墨付きを与えたかのように報じられている。

 日本のある大臣は「『汚染水』と呼び反対するのは中国だけ」と述べた(9月25日IAEA年次総会)が、これは事実と異なる。

 韓国政府は公式リリースにおいて「Contaminated Water(汚染された水)」と呼び「放出に賛成するものではない」と述べている。台湾でも世論調査では半分が中国の日本産水産物禁輸を支持し、依然として複数の太平洋諸国も懸念を表明している。

 IAEAは周辺国の世論を代表する中立機関ではない。「IAEAからお墨付きがある」という論理で海洋放出を続ければ、環日本海、太平洋地域で日本が孤立するリスクはある。現状では激しい反対表明をしていない国でも、政権交代が起きて日本の汚染責任を追及する方針に転換することはありうる。

 「IAEAの視察団に中国や韓国のメンバーも含まれる」程度のことでは、国際世論の支持が得られたことにはならない。広く太平洋地域諸国の政府・NGO等の代表者をまじえ、環境影響評価と海洋汚染防止策を協議し、共通ルールを策定する場を設ける必要がある。

多国間での汚染削減 枠組みの先例はある

 しかし利害関心が異なる多くの国が集まり、放射性物質による海洋汚染対策に共通理解を作ることなど可能なのだろうか。そんな議題で設定された多国間協議の枠組みは存在するのか?

 同じ海域を共有する国が、共通のルールに基づいて放射性物質による海洋汚染を削減するための法的枠組みは既に存在する。英仏などの核燃料再処理工場からの海洋汚染を止める目的で創設された「北東大西洋海洋環境保護条約」(以下OSPAR条約―98年発効)である。この条約の内容については本連載(36~39回、42〜44回)で紹介したが、改めて我々が学ぶべき点を伝えたい。

 ①海洋汚染ゼロを目指す共通目標

 英国北西部セラフィールドで、1994年に使用済み燃料からプルトニウムとウランを分離するソープ再処理工場が運転を開始して以降、放射性物質による海洋汚染の拡大が深刻な国際問題となった。隣国アイルランドだけでなく、北欧諸国からもセラフィールドにおける再処理を停止するよう求める声が高まった。この状況において、海洋汚染低減に向けた法的効力のある合意を確立し、その実現に向けた国際ルール作りを後押ししたのが98年に発効したOSPAR条約である。

 98年7月22、23日にポルトガル・シントラ市で行われたOSPAR条約締約国会議では、15カ国の代表者らが集まり、あらゆる海洋汚染を削減するための法的拘束力のある戦略を議論した。その結果、「2020年までに放射性廃棄物の海洋放出を限りなくゼロにする」という目標が採択された(シントラ宣言)。全体として「北東大西洋」への放射性物質の放出をゼロにするという「ゼロエミッション目標」である。この目標に向けて締約国は汚染削減を求められる。この枠組みのなかで「1㍑当たりの濃度を薄めたから影響は小さい」という言い訳は通用しない。

 ②締約国に対策を義務づけ汚染削減で効果を上げる

 締約国に対して放射性物質放出量の定期報告をさせ、最新の汚染除去技術の導入を義務づけるのが、同条約のメカニズムである。毎年行われる締約国会議ではアイルランドや北欧諸国から、セラフィールド起源の放射性テクネチウム放出量を早期に削減するよう、繰り返し英国に対する要求が出された。

 このような周辺国からの圧力により、英国はセラフィールド起源の放射性テクネチウム放出量を目に見える形で削減する必要に迫られた。

 04年にはセラフィールドの運営企業「British Nuclear Fuel」社が、最新の処理設備を導入することでテクネチウム放出量を90%削減する計画を発表した。「何年にも及ぶアイルランドとノルウェーの漁業者らによる要求により、『British Nuclear Fuel』社は1200万ポンドを費やしてテクネチウム99を除去する化学処理システムを導入することになった」と04年4月22日付ガーディアン紙は報じている。

 その後セラフィールド起源のテクネチウム99放出量は著しく減少する。1995年時点で180テラベクレル以上放出されていたが、2007年には5テラベクレルまで減少している(別図参照)。


セラフィールド起源の
 テクネチウム放出量推移
セラフィールド起源の テクネチウム放出量推移

 ③ゼロエミッション目標は堅持=トリチウムも削減を目指す

 「2020年までに放射性廃棄物の海洋放出をゼロにする」という目標(98年シントラ宣言)は、残念ながら達成できていない。しかしゼロエミッション目標は堅持されている。

 2022年4月20、21日に開催された同条約放射性物質小委員会では、2030年に向けた戦略の実現に向けた具体的な行動計画が審議されている。今後のさらなる汚染削減に向けて重要な課題の一つとなっているのが、分離処理が難しいとされるトリチウム汚染である。

 同年3月1日に行われた小委員会会議では、スウェーデンと英国がトリチウム汚染削減のための「利用可能な最良の技術」(BAT)の検討状況を報告した。それら報告によれば、現時点で原発や再処理工場向けに商用利用可能なトリチウム除去技術は確立されていない。しかし同時に、放出が必要になってしまうトリチウムの発生それ自体を抑制する技術を検討する必要性、についても提案された。同小委員会の議長を務めたノルウェー放射線・原子力安全庁のグウィン博士は「トリチウム削減に関わるBATや除去技術に関して最新情報を報告することを、実行計画の中間目標に含める」と提案している。困難であっても締約国は「海洋放出ゼロ」という条約の理念を諦めてはいない。

OSPAR条約に学べ

 日本政府は「韓国、中国も大量のトリチウムを放出している」と主張してきた。中国、韓国もトリチウム汚染水を海洋放出しているのは事実であり、それもやはり対策が必要な問題だ。他方日本は「微量だから問題ない」として、1500万年以上も環境に残るヨウ素129など、多種多様な放射性物質による海洋汚染を進めているが、これも大きな問題なのだ。OSPAR条約は海洋汚染の影響を受けるアイルランドやノルウェーの漁業者など、沿岸地域住民の声を受けて成立した。太平洋でも海洋汚染削減を義務づけるための多国間条約を、我々国民から求めていかねばならない。



おまつ・りょう 1978年生まれ。東大大学院人文社会系研究科修士課程修了。文科省長期留学生派遣制度でモスクワ大大学院留学。その後は通信社、シンクタンクでロシア・CIS地域、北東アジアのエネルギー問題を中心に経済調査・政策提言に従事。震災後は子ども被災者支援法の政府WGに参加。現在、「廃炉制度研究会」主催。


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