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汚染ゼロを目指す条約の知恵⑤|【尾松亮】廃炉の流儀 連載42

 英国北西部セラフィールドで1994年に核燃料再処理工場が運転を開始して以降、海洋汚染の拡大が深刻な国際問題となった。

 この状況において、海洋汚染低減に向けた法的効力のある合意を確立し、その実現に向けた国際ルール作りを後押ししたのが1998年に発効したOSPAR条約である。98年締約国会議では「2020年までに放射性廃棄物の海洋放出を限りなくゼロにする」という目標が採択された(シントラ宣言)。

 その後、締約国が共同で英国に対する汚染放出削減を求め、1995年時点で180テラベクレル以上放出されていたテクネチウム99を2007年には5テラベクレルまで減少させるなど、具体的な成果を上げている。

 しかし15カ国の締約国の間で、測定方法がバラバラであれば、客観的に放出量を把握できず、汚染削減の効果を確認することもできない。測定方法は条約の実効性に関わる重要問題だ。98年の条約発効以前から、測定対象となる放射性物質のリストや放出量報告のルールについて議論が交わされてきた。

 例えば1996年に行われた放射性物質ワーキングチーム会議では「原子力施設からの液体放射性物質放出データ収集のための報告フォーマット」が重要議題となった。この時点でも、関係国による放出量の報告は行われていたが、施設ごとに測定対象の放射性物質の範囲が異なるなど、データ収集規則に統一性がないことが問題として指摘された。

 「それぞれの原子力施設から報告された特定の放射性物質放出量データの数には著しい差があった。66カ所の原子力施設では45種類の放射性物質の放出データが提出された一方で、30以上の施設で12種類の放射性物質の放出データしか提出されていない」と同ワーキングチームの議事録では述べられている。

 この問題に対処するため、同会議では指摘された問題点を踏まえて「データ収集のための報告フォーマット改訂版」(案)をまとめている。その後、この96年版の改訂報告フォーマットを基盤にして測定対象核種や測定方法を統一してきた。同フォーマットに基づいて行った測定結果をまとめた「2000年における原子力施設からの液体放射性廃棄物放出」報告書では、測定対象となる放射性核種「トリチウム」「セシウム(134および137)」「ストロンチウム」「コバルト(50および60)」などが定められ、それぞれの原子力施設からの放出量を記述するフォーマットが提示されている。基本的にはこの96年版フォーマットが示したルールに則って、今でも各国が放出量を測定報告、共有し、削減策を講じている。

 海洋汚染の削減は1カ国ではできない。そして協力する各国の間で、測定方法やデータ収集の共通ルールがなければ、実効性ある汚染防止策はできない。「中国や韓国は日本より多くのトリチウムを放出している」との主張があるが、そもそも日本海、太平洋ではOSPAR条約のような共通測定ルールがなく、正確な比較評価は不可能だ。

 隣国による海洋汚染の削減を求めるためにも、共通測定ルールと汚染削減目標を定める必要がある。そして日本自らが汚染削減を進めなければ隣国を批判しても説得力は無い。


おまつ・りょう 1978年生まれ。東大大学院人文社会系研究科修士課程修了。文科省長期留学生派遣制度でモスクワ大大学院留学。その後は通信社、シンクタンクでロシア・CIS地域、北東アジアのエネルギー問題を中心に経済調査・政策提言に従事。震災後は子ども被災者支援法の政府WGに参加。現在、「廃炉制度研究会」主催。

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