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汚染ゼロを目指す条約の知恵⑥|【尾松亮】廃炉の流儀 連載43

 英国北西部セラフィールドで1994年に核燃料再処理工場が運転を開始して以降、海洋汚染の拡大が深刻な国際問題となった。この状況において、海洋汚染低減に向けた法的効力ある合意を確立し、その実現に向けた国際ルール作りを後押ししたのが98年に発効したOSPAR条約である。98年締約国会議では「2020年までに放射性廃棄物の海洋放出を限りなくゼロにする」という目標が採択された(シントラ宣言)。

 放射性物質による海洋汚染を低減する具体策の一つが、「Best Available Technology(利用可能な最良の技術=BAT)」の導入である。つまり締約国は技術的、財政的に可能な範囲でより放射性物質の放出が少ない技術、削減を可能にする浄化装置などの導入が義務づけられている。条約発効以前からOSPAR委員会は対象国に対して「勧告」を発行し、継続的な海洋放出削減を求めてきた。

 これらOSPAR委員会からの勧告もプレッシャーとなり、2004年にはセラフィールドの運営企業「British Nuclear Fuel社」は、最新の処理設備を導入することでテクネチウム放出量を90%削減する計画を発表した。「『British Nuclear Fuel社』は1200万ポンドを費やしてテクネチウム99を除去する化学処理システムを導入することになった」と04年4月22日付ガーディアン紙は報じている。その結果1995年時点で180テラベクレル以上放出されていたテクネチウム99を2007年には5テラベクレルまで減少させている。

 これらOSPAR委員会からの勧告に応じて、締約国は定期的に、汚染削減のためにどのように最新の技術を調査、開発、導入しているのかを報告しなければならない。例えば2009年に英国政府は、OSPAR委員会に「液体放射性廃棄物放出に関するPARCOM勧告履行」報告書を提出した。同報告書は、BATの適用によって多くの種類の放射性物質の放出削減が実現したことを強調する。例えば「セラフィールドにおいて、蒸発器を他の浄化設備と組み合わせて使用することでプルトニウムおよびZn95、Nb95、Ru106 等の短寿命核分裂生成物の放出を削減することができた」という。

 OSPAR条約は再処理工場だけでなく、すべての核施設を対象にする。そのため、英国はセラフィールド以外の原子力施設での放出削減についても報告が求められる。2013年の報告書で英国政府は、「サイズウェル原発において(原子炉停止後の起動開始の最中に制御情報取得のために用いられる)二次中性子源の除去によりトリチウム放出レベルを低減させる」という取り組みに言及している。

 トリチウム(三重水素)は水から分離除去することが難しい放射性物質として知られ、他の主要な放射性物質に比べて大規模な除去技術が確立されていないと言われる。だからといってトリチウムは大量放出やむなし、というような特例は認められない。締約国会議では今もトリチウムを含む放射性物質削減技術開発の最新動向を調査し、情報共有を続けている。OSPAR条約は締約国に対してBATの調査と改良を求め、トリチウムも含む放射性廃棄物の海洋放出ゼロを目指し続けている。

おまつ・りょう 1978年生まれ。東大大学院人文社会系研究科修士課程修了。文科省長期留学生派遣制度でモスクワ大大学院留学。その後は通信社、シンクタンクでロシア・CIS地域、北東アジアのエネルギー問題を中心に経済調査・政策提言に従事。震災後は子ども被災者支援法の政府WGに参加。現在、「廃炉制度研究会」主催。
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