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デブリを固める案はIAEA原則に反する―【尾松亮】廃炉の流儀 連載33


 前回に引き続き、更田豊志前原子力規制委員長が提案した「デブリ取り出し断念案」の問題点を考えてみたい。9月28日、日本テレビのインタビューに答えた更田氏(同日に5年の任期を終えて原子力規制委員長を退任)は次のように述べている。「すべての放射性物質を取り出すとか、ゼロにするということは、技術的にはなかなか考えにくくて。できるだけ量を減らす努力はするけど、あとは現場をいったん固めてしまう、安定化させてしまうということは、現実的な選択肢なんだと思います」。

 更田氏は以前から「燃料デブリを取り出さない選択肢」をほのめかす発言をしてきたが、今回の発言は一歩も二歩も踏み込んでいる。退任して現職規制委員長としての責任が問われなくなったとたんに表明した考え方である。これが規制当局責任者の本音、国の側の既定路線であることが読み取れる。

 実は、事故の起きた原子炉内部で取り出し困難な燃料デブリを「固めて安定化させる」という案は、かつてチェルノブイリ原発でも検討された事実がある。1986年に事故が起きたチェルノブイリ原発4号機にはコンクリート製シェルター「石棺」が被せられたが、その後内部の燃料デブリをどのように取り出し、原子炉解体まで進めるのか現実的な計画はなかった。91年に当時のソ連国立研究所によって4号機の長期的な安全性確保のために複数の案が検討された。その中には、「4号機を石棺ごと完全に埋めてしまう」、「4号機内部にコンクリート注入」などの案もあった。後者はまさに更田氏の言う「その場でいったん固める」という方式である。

 91年3月15日にこれらの案がソ連原子力省の評議会の審議にかけられ、一度は同評議会が第一段階として「コンクリート注入案」を推すことになる。コストの面でも環境中への放射性物質放出を防ぐ面でもコンクリートで固める案は合理的とされた。

 しかし検討を進める中で「コンクリート注入案」(その場で固めて安定化)の問題が指摘され、この案は不採用となる。この案の主な問題点は、ロシア科学アカデミーの研究所資料で以下のように指摘されている。

 「コンクリート注入を行うと、石棺内に注入された大量の混合物が放射性物質や燃料含有物と接触して混ざり、すでに15万立方㍍以上と見積もられている石棺施設内の放射性廃棄物の量を何倍にも増やしてしまう。同じことが燃料デブリ(原文では燃料含有物質)についても起きる。核燃料および超ウラン元素を含む物質の量が何倍にも増えてしまう。このようなアプローチはIAEAの基本的文書の原則に矛盾するものである」

 IAEAの「The Principles of Radioactive Waste Management」では「放射性廃棄物の発生量は実行可能な限り最小限にとどめる」(原則7)との原則が示されている。

 チェルノブイリでは石棺の上にアーチ型シェルターを被せ、その新シェルター内部でデブリ取り出しを目指す方式が採用されることになる。これはコンクリート注入方式では将来世代にとってデブリ取り出しをより困難にしてしまう、という評価に基づく判断であった。更田氏が提案する「デブリをその場で固める案」はかつて、ソ連がIAEAの原則に反するとして却下した方式なのだ。

おまつ・りょう 1978年生まれ。東大大学院人文社会系研究科修士課程修了。文科省長期留学生派遣制度でモスクワ大大学院留学。その後は通信社、シンクタンクでロシア・CIS地域、北東アジアのエネルギー問題を中心に経済調査・政策提言に従事。震災後は子ども被災者支援法の政府WGに参加。現在、「廃炉制度研究会」主催。
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