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自ら「不戦敗」を選びつつある主権者|【春橋哲史】フクイチ核災害は継続中㊴

 東京電力・福島第一原子力発電所(以後「フクイチ」と略)で増え続けている、所謂「処理水」について、政府・東電は海洋への希釈放出の準備を進めています。

 私は、この国の有権者(主権者)の一人として「環境中への意図的な放出に反対」の立場から取り組みを続けていきますが、大きな方向性は変え難くなりつつあるようです。

 第9回原子力規制委員会(5月10日開催)で、東京電力が原子力規制委員会に申請していた、放出設備の運用に関する実施計画が、放射線環境影響評価(注1)と共に認可されました(注2)。

 第9回委員会では、パブリックコメント(意見公募手続き。以後「パブコメ」と略)に寄せられた意見数も公表されたのですが、関連意見含めて163件であることに、私は愕然としました。

 昨年5~6月に実施された、放出設備の設計と設置に関するパブコメに寄せられた意見数の8分の1です(「まとめ1」参照)。政府が海洋放出の開始時期を「本年春から夏頃」との見込みを示した後であるにも関わらず(注3)、意見数は横ばいですらありませんでした。


 パブコメは、日本語であれば、郵送・FAX・ネットの提出フォームで、自宅からでもスマホからでも、未成年者でも提出可能です。「○○に反対(又は「賛成」)」だけでも、意見として送れます。提出期間も原則として30日間で(注4)、選挙より長いです(注5)。

 放出開始がより切迫しつつあると思われる状況で、選挙よりも使い易い公的チャネルでの意見の表明数が激減したのです。一人で複数意見も提出可能ですから、実際の提出人数は更に少ないでしょう。

 「まとめ1」には含めていませんが、今年1~2月に原子力規制委員会が実施した、「(フクイチ事故の)調査分析に関する中間とりまとめ・2023年版」に関するパブコメは、僅か17件でした(私も提出)。 有権者の関心度合いを測る指標としてパブコメ結果だけを取り上げるのでは不公平かも知れませんので、原子力規制委員会の会議の動画の視聴数も数えました(「まとめ2」参照)。


 24時間365日、パソコンでもスマホでも視聴できるものであるにも関わらず、平均視聴数は3桁。多くても2000回を越える程度です。業界や報道の関係者が視聴している分も含まれている筈ですから、一般の有権者の視聴数は何人でしょう? 有権者が「フクイチ核災害に無関心である」ことは、私の体感とも一致しているように思えます。

 原子力規制委員会はフクイチに関して複数の会議を設置していますが、それらの会議の一般傍聴者は、今は私だけです(複数人いたとしても、片手の指で足りる人数です)。昨年12月には記者すら来ず、「会議室内で部外者は私だけだった」こともあります。

 フクイチ核災害に関しては、あらゆる面で、この国に約1億0500万人(注6)の有権者がいるとは信じられないほど、ひっそりしています。

 ですが、有権者が何もできないのかというと、そうではないでしょう。

 嘗て、金曜官邸前行動に自主的に20万人と目される人達が集まったこともあります。

 2018年8月末のALPS小委(注7)の公聴会では、動画が残る公の場で44人が顔と名前を明らかにして一人称で意見を述べ、3会場合計の傍聴者は274人でした。しかも東京会場では、意見を表明した市民が事務局や委員と事実上の質疑に持ち込み、結果として小委の進め方が一部変更されました(私は書面で意見を送り、東京会場を傍聴)。

 厚労省の「緊急避妊薬の市販薬化」のパブコメには4万6000件以上の意見が寄せられました(「まとめ1」の参考/因みに私は「市販薬化賛成」の立場から提出)。

 有権者は「やればできる」のです。ところが、フクイチに関しては「やれるのに、やっていない」のです。

 この国の有権者(主権者)は政府・東電に対して「不戦敗」を選ぶのでしょうか? 有権者がパブコメを提出しないのも、会議を傍聴・視聴しないのも、強制されてのことではなく、自らの判断でしょう。東電・政府・政権与党からすれば、検討のプロセスを監視されず、意見を言われることも無いのですから、こんなに都合の良いことはありません。

 現状では「処理水(汚染水)の意図的な海洋放出」という目標達成に向けて最大限の努力・リソースを投入し、成功しつつあるのは「放出したい側」であるように見えます。

 「30日の間に一行の意見も提出しない・クリック一つでいつでも見られる会議を観ない」現代の日本の有権者は、後世、どのように批評されるでしょうか?

 注1/「多核種除去設備等処理水(ALPS処理水)の海洋放出に係る放射線環境影響評価報告書」

 注2/ https://www.nra.go.jp/data/000429810.pdf

 注3/「第5回・ALPS処理水の処分に関する基本方針の着実な実行に向けた関係閣僚等会議」(2023年1月13日)

 注4/行政手続法・第三十九条3項。意見提出期間は「30日以上」だが、「30日間」とされる場合が多い。

https://elaws.e-gov.go.jp/document?lawid=405AC0000000088

 注5/選挙期間が最も長い参議院議員選挙でも、原則17日間

 注6/第26回参議院議員選挙(2022年7月)時点

https://www.soumu.go.jp/senkyo/senkyo_s/data/sangiin26/index.html


 注7/経産省が設置した「多核種除去設備等処理水の取扱いに関する小委員会」



春橋哲史 1976年7月、東京都出身。2005年と10年にSF小説を出版(文芸社)。12年から金曜官邸前行動に参加。13年以降は原子力規制委員会や経産省の会議、原発関連の訴訟等を傍聴。福島第一原発を含む「核施設のリスク」を一市民として追い続けている。


*福島第一原発等の情報は春橋さんのブログ


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