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汚染ゼロを目指す条約の知恵①|【尾松亮】廃炉の流儀 連載36

 昨年7月、英国北西部セラフィールドのマグノックス再処理工場が使用済核燃料の再処理活動を終了した。政府の原子力廃止措置機関(NDA)のリリースによれば、7月17日に行われた使用済核燃料の再処理を最後にして、「同工場および付属施設は今後除染と廃炉のフェーズに入る」という。

 これに先立ち、2018年にはセラフィールドにあるもう一つの再処理工場ソープが24年の稼働を終えて閉鎖されており、英国における使用済燃料再処理の歴史は幕を閉じた。

 敷地に残る放射性廃棄物の処分や汚染された施設の解体除染には長い年月を要する。しかし、これら再処理工場が閉鎖されたことで、周辺環境、特に海洋環境の汚染が減少することが期待されている。

 英国政府の資料によれば、2010年代後半にはこれら再処理施設から放射性トリチウムが年間約1000テラベクレル以上放出されていた。これが2030年には年間約10テラベクレルまで減少する見込みである。

 今回閉鎖された再処理工場は、マグノックス炉から出る使用済燃料からプルトニウムとウランを分離する施設である。NDAによれば、これまでに5万5000㌧もの使用済燃料が同工場で再処理された。再処理の過程で発生する液体放射性廃棄物による海洋汚染は、周辺諸国から厳しく批判されてきた。

 特に隣接するアイリッシュ海の海洋汚染を受けて、隣国アイルランドは再処理工場の停止を強く求めてきた。この海洋汚染に反対する動きは、デンマーク、ノルウェーなどの北欧諸国を巻き込み、セラフィールドの運営企業と英国政府に対する強い圧力となった。

 これら周辺国の政府、環境NGOなどによる要求を受けて英国側はさまざまな汚染低減策を講じることを余儀なくされた。その結果、トリチウム以外の放射性核種については、これまでに大幅な放出量削減が見られる。

 英国に対し海洋放出削減策を求める国際的な交渉において、重要な法的枠組みとなったのが「北東大西洋の海洋環境の保護を目的としたオスロとパリ委員会での条約」(OSPAR―1998年発効)である。条約加盟国は再処理工場を抱えるフランスや英国、セラフィールドの停止を求めるアイルランドやノルウェーなど、北東大西洋沿岸諸国15カ国とEUである。

 この条約では、放射性廃棄物による海洋汚染ゼロを目標に掲げ、締約国に原子力施設からの放射性物質排出量の報告を義務づけるとともに、実効性ある削減策を導入するよう勧告を出し、汚染削減技術開発の動向を調査する等の取り組みを続けてきた。同じ海域を共有する関係国の間で、共通の汚染削減目標、汚染影響評価に関わる共通のルールを議論して定め、対策を進めてきたのだ。

 その結果、条約発効から約25年の間に、いくつかの主要放射性核種の排出量は著しく減少している。

 今年夏までに開始される予定の東京電力福島第一原発の処理水海洋放出計画をめぐり、日本は周辺国から批判を受けている。国際的な協議を通じ海洋汚染削減を目指す北東大西洋沿岸諸国の取り組みから、我々は何を学ぶことができるのか、考えてみたい。

おまつ・りょう 1978年生まれ。東大大学院人文社会系研究科修士課程修了。文科省長期留学生派遣制度でモスクワ大大学院留学。その後は通信社、シンクタンクでロシア・CIS地域、北東アジアのエネルギー問題を中心に経済調査・政策提言に従事。震災後は子ども被災者支援法の政府WGに参加。現在、「廃炉制度研究会」主催。

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