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【政経東北】戻るもの、戻らないもの|巻頭言2023.6

 5月8日、新型コロナウイルス感染症の感染症法上の位置づけが5類に引き下げられた。マスク着用が原則不要となり、東京などでは街角を歩く人の半分以上が外している姿も見られる。高齢者や基礎疾患を持つ人など重症化リスクを抱える人は引き続き警戒態勢が続くだろうが、飲食・旅行業界はにわかに盛り上がっており、かつての日常が少しずつ戻っている感覚を抱く。

 一方でなかなか戻らないものもある。福島第一原発事故後、避難地域に指定された12市町村には事故前、約14万6000人が住んでいた。2023年現在、約11万人まで減少しており、そのうち実際に居住しているのは約6万5000人に過ぎない。

 避難生活を機に新天地に拠点を移している人が大半で、あえて戻る人は高齢世帯など。復興まちづくりが各自治体で着々と進んでおり、進出企業も相次いでいるが、半面、深刻な人手不足が発生し、遠く離れたところで求人を出しているという声も行政関係者から聞こえてくる。

 時間経過に伴い、半減期約2年のセシウム134の影響は少なくなっているが、同約30年のセシウム137は残り続けている。実際、空間線量計を車に積んで双葉郡内を走行していると、遮蔽されている車内ですら1マイクロシーベルト毎時が表示されて驚くことがある。

 3月に農林水産省が公表した2022年度の県産農林水産物に関する流通実態調査によると、コメ、牛肉、モモ、あんぽ柿、ピーマン、ヒラメの重点6品目の出荷量・全国との価格差は、改善傾向にあるものの完全には回復していなかった。

 ピーマンは全国平均を2・4%上回っていたが、牛肉は10・3%、モモは12・7%、あんぽ柿は15・2%下回っていた。コメ、モモ、牛肉の評価(ブランド力)は他産地より低いという結果も示された。もともとブランド力が弱かったという事情もあるが、震災・原発事故の影響でブランドが毀損されたとみるのが自然だろう。

 こうした現状があるからこそ、汚染水(ALPS処理水)の海洋放出に反対の声が上がるが、国はそうした声に耳を傾けず、粛々と放出準備を進める。「住民が戻らないなら新たに集めればいい」とばかりに、原発被災地への移住推進に力を入れ、県外からの移住者には最大200万円の支援金が支給される。コロナ禍から日常が戻ってきたという事実が、「戻らないものもある」という現実を突きつける。原発事故の原因者である国・東電の責任は重い。(志賀)

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