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処理水放出「国際基準に合致」は嘘だ|【尾松亮】廃炉の流儀 連載40

 「福島第一原発の処理水の安全性について検証を行ってきたIAEA
=国際原子力機関のグロッシ事務局長は会見で、『国際的な基準に準拠している』と述べました」(2023年7月4日TBS)とのことだが。

 これは嘘だ。この「包括報告書」の中でIAEA自身が、安全基準の一つである「正当化(Justification)」について評価を放棄したことを認めている。該当箇所を訳出する。

 「ALPS処理水の海洋放出について対応する国際安全基準への適合性を評価するように日本政府からIAEAに対する要請が提出されたのは、海洋放出についての日本政府の決定の後であった。そのため、今回のIAEAの安全レビューの範囲には、海洋放出策について日本政府が行った正当化プロセスの詳細に関する評価は含まれない」(包括報告書19頁)

 海洋放出決定の後になってレビューを頼まれたから、決定までのプロセスが基準に沿ったものであったかどうかは評価しない、とのこと。

 「正当化に関する決定は放射線防護の分野を超える、他の分野の要因の検討も必要で、経済や社会などその多くが性質上技術に関わるものではない。そのため、正当化に関する決定の技術分野以外の側面を分析し、コメントすることはIAEAの役割ではない」(同)

 「正当化」プロセスでは社会要因や経済要因の評価も含むので、技術屋のIAEAには評価できない、という。IAEA自らが定めた安全基準なのに、その基準の評価ができないというのだ。

 「正当化」とは「実施される行為によりもたらされる個人や社会の便益が、その行為による被害(社会的、経済的、環境的被害を含む)を上回ることを確認する」ことを求める基準で、IAEA安全基準シリーズGSG―8「公衆と環境の放射線防護」に定められている。

 今回の場合で言えば「海洋放出により個人や社会が受ける便益は何か」「その便益は海洋放出によってもたらされる社会的、経済的被害を上回るものであるか」の確認と立証が求められる。この基準に従って海洋放出決定手続きを踏んでいるかどうかについて「IAEAは評価していない」と認めているのだ。それでは「国際的基準に合致している」とは言えない。せめて「重要な国際基準の一つを除いて、残りの基準には適合していると考える」と言うべきだ。

 IAEAがなぜ自ら定めた安全基準の重要な柱である「正当化」について、評価しなかったのか。評価に耐えられないからだろう。

 「処理水海洋放出により個人や社会が受ける便益は何か?」

 それを聞かれれば「便益なんてあるはずがない」のは明確だからだ。

 廃炉を進めるために海洋放出が必要と言うが、廃炉をどこまで進めるのかは何も約束がない。タンクを撤去できても、そこにデブリ貯蔵施設をつくるのが現在の計画だ。

 各紙、各局はこの「正当化」基準での評価をIAEAが放棄していることについて報じず、グロッシ氏の発言だけ伝えて「でも風評被害は懸念されます」「漁業団体は反対しています」程度の付け足しで終わっている。これでは報道ではなくリリースに等しい。海洋放出容認に加担することに他ならない。

おまつ・りょう 1978年生まれ。東大大学院人文社会系研究科修士課程修了。文科省長期留学生派遣制度でモスクワ大大学院留学。その後は通信社、シンクタンクでロシア・CIS地域、北東アジアのエネルギー問題を中心に経済調査・政策提言に従事。震災後は子ども被災者支援法の政府WGに参加。現在、「廃炉制度研究会」主催。

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