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私たちは法的な抵抗を十分にやってきたか|【尾松亮】廃炉の流儀 連載45

 昨年8月24日、福島第一原発からの処理後汚染水の海洋放出が始まった。「漁業関係者を含む関係者への丁寧な説明等必要な取組を行うこととしており、こうしたプロセスや関係者の理解なしには、いかなる処分も行いません」とした福島県漁連に対する政府の約束(2015年8月24日付)は破られたのか。県内の漁師からは「政府の約束は破られたと思っている」(2023年8月22日付時事通信)との声がある。

 その一方で、8月21日の岸田文雄首相との会談後に行われた記者会見で、全漁連・坂本雅信会長は次のように述べた。

 「約束っていうのは、破られてはいないけれど、しかし果たされてもいない」、「理解っていうのは、要するに、最後の一滴まで放流が行われるんだというように思いますけど、放流が行われて最終的に廃炉まで持っていった、そしてそこの中で漁業者がしっかりと漁業を継続できたと、そのときに初めて100%の理解というものが生まれるもんだというように思ってます」(8月21日付日テレNEWS)

 この坂本会長の発言には大きな問題がある。約束とされる内容は「関係者の理解なしにいかなる処分もしない」というもの。「処分の完了時までに関係者の理解が得られるようにします」という約束ではない。

 前出坂本会長発言は、「処分の開始」に関する約束を「処分の終了時点」に関する約束にすり替えてしまった。漁業者だけを矢面に立てることを批判する意見もあるが、それも筋違いだ。誰も「漁業者と政府だけで協議して決めてほしい」とは求めていない。前出「約束」が「漁業関係者を含む関係者への」と述べていることからも、漁業関係者以外の多くの関係者を巻き込んだ協議が必要なはずなのだ。しかし政府は「福島県漁連に対する約束」と範囲を限定し、しかも福島県漁連のメンバー全ての理解を得たわけでもないのに海洋放出を強行した。

 どうしてこんなことが起きるのか?

 東電や政府の恣意的な解釈を許さない、法的拘束力のある約束を取り付けていないからだ。「そもそも関係者とは誰か」、「理解が得られた状態とは何か」、「いかなる処分もしないということは処分を開始しないということを意味することでよいか」等を明確に規定する必要がある。これはビジネス法務では当たり前の手続きであり、隠蔽と責任逃れを繰り返してきた東電・政府を相手にする以上、相手の言葉を信頼してはいけない。専門の法律家を立て、全ての言葉の定義を詰める必要がある。

 これは汚染水に限ったことではない。福島県と13市町村は、2016年の段階から「取り出した燃料デブリや使用済み燃料などの放射性廃棄物」を県外で処分するよう求めてきた。本気で県外処分を求めるなら、まず「燃料デブリとは何か(現状法的定義無し)」、「放射性廃棄物には何を含めるか」を明確に規定し、東電・政府に逃げを打たせない協定を作るべきだ。そうでなければ「耳かき一つ分」だけ取り出し、「これ以外はデブリではありません」と敷地に置きっぱなしにするだろう。「日本の現行法では『使用済み燃料』は『放射性廃棄物』に含まれない」ということも法律家が教えるべきだ。


おまつ・りょう 1978年生まれ。東大大学院人文社会系研究科修士課程修了。文科省長期留学生派遣制度でモスクワ大大学院留学。その後は通信社、シンクタンクでロシア・CIS地域、北東アジアのエネルギー問題を中心に経済調査・政策提言に従事。震災後は子ども被災者支援法の政府WGに参加。現在、「廃炉制度研究会」主催。


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