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【尾松亮】IAEAのずさんな視察|廃炉の流儀 連載50

 国際原子力機関(IAEA)は1月30日、東京電力福島第一原子力発電所の処理水の安全性に関する新たな報告書を公表した。昨年10月に行われた福島第一原発の現地視察も踏まえた報告書で「1週間の視察期間中、関連する国際安全基準に合致しないいかなる点も見つからなかった」と結論づけている。

 この視察については以下のように報じられている。「調査団は昨年10月下旬に日本を訪れ、日本政府や東電と意見交換を行ったり、福島第一原発の現地調査を行ったりした。IAEA職員に加え、放出に批判的な中国やロシアを含む国際専門家9人が来日し、多角的な視点から検証した」(産経新聞1月30日付)。

 IAEAが綿密かつ多角的な現場検証も踏まえて、汚染水(処理水)放出に関わる施設やその運用面での安全性を確認したかのように読める。しかし本当にIAEAは十分な現場検証を行った上で、「国際安全基準との合致」を確認したのだろうか。

 注目したいのは視察が行われた時期だ。同報告書によれば、視察が行われたのは昨年10月24~27日。1F視察が行われたのは同25日。この日に、福島第一原発で何が起きたか覚えているだろうか?

 汚染水の処理設備で行われていた配管の洗浄作業中に、放射性物質を含む廃液をタンクに流すホースが外れて作業員に廃液がかかり、2人が除染のため一時入院する事態となった。この事態について原子力規制委員会の山中伸介委員長は「個人的な見解だが、東京電力の実施計画違反ではないかと思っている」と指摘した(NHK総合23年11月1日放送)。この汚染水漏出事件が起きた10月25日、まさに福島第一原発にいたIAEAの視察団は「ALPS処理水放出に関わる運用上の安全監督を行うための確固たる規制の仕組みがあることを確認し、原子力規制委員会担当者が現場に駐在し安全監督の取り組みを行っていることを直に見ることができた」と結論づけている(同報告書10頁)。

 おそらく巨額の予算を使って(日本からの拠出金も財源であるはず)現場まで行って、IAEAの専門家たちは何を見てきたのだろうか? 規制委員長自身が「実施計画違反」と評価した事態がすぐそばで起きているのに、「国際安全基準と合致しない点は見つからない」、「(現場では)確固たる規制の仕組みが機能している」との評価は、どうやったら導き出せるのか?

 まさか「私たちは処理水放出施設にしか関心がない。汚染水処理施設の事故についてはチェックしない」などと言い訳するのではあるまい。

 IAEAが現場の規制委員会担当者の仕事ぶりを確認しながらも、汚染水漏出事件には目をつぶったということか。それとも現場視察をしているIAEAの担当者にはこの汚染水漏出事件について規制委員会や東電から報告がなされなかったのか。

 仮に当日現場で報告を受けなかったとしても翌日の報道を見れば何が起きたかはすぐ分かる。視察中、視察後に厳しく調査し、評価に反映することはできる。でもそれをしなかった。つまりIAEAには安全性評価をする意思もその能力もないということだ。こんな組織に、中立的な国際レビュー機関のように振る舞わせるのは日本の恥だ。

おまつ・りょう 1978年生まれ。東大大学院人文社会系研究科修士課程修了。文科省長期留学生派遣制度でモスクワ大大学院留学。その後は通信社、シンクタンクでロシア・CIS地域、北東アジアのエネルギー問題を中心に経済調査・政策提言に従事。震災後は子ども被災者支援法の政府WGに参加。現在、「廃炉制度研究会」主催。


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