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(浅井茂利著作集)金属労協「政策・制度要求」で一定の前進

株式会社労働開発研究会『労働と経済』
NO.1672(2022年3月25日)掲載
金属労協主査 浅井茂利

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 金属労協では毎年、「政策・制度要求」を策定し、各府省に対し要請活動を展開しています。「2021年政策・制度要求」については、
Ⅰ.成長戦略
Ⅱ.マクロ経済政策
Ⅲ.DX政策
Ⅳ.カーボンニュートラル政策
Ⅴ.バリューチェーン政策
Ⅵ.国際労働政策
の6つの柱で14項目の要求をとりまとめ、厚労省をはじめ、内閣府、法務省、外務省、文科省、経産省、環境省、行革推進本部、TPP等政府対策本部、原子力規制委員会、日銀などに要請書を提出し、政策懇談を行っています。
 昨秋、岸田内閣が成立し、政権の新しい方針が示され、2022年度の予算案が国会審議されているところですが、こうした中で、金属労協の要求項目について一定の前進が見られていますので、ご紹介しようと思います。これらの前進が金属労協の主張の結果である、などと言うつもりはありませんが、それでもいくつかについては、金属労協が中心となって主張してきたものであり、またそうでないものについても、少なくとも先鞭をつけることができたのではないか、と考えています。
 なお一部、2020年度の要求項目についても、今回前進が見られたものについて、ご紹介しています。

 CN以外の科学技術課題の開発を支援する基金の創設

 2050年にCN(カーボンニュートラル)を達成するための新技術開発については、菅内閣の下で2020年12月に策定された「2050年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略」において、特に重要なプロジェクトについて、「官民で野心的かつ具体的目標を共有した上で、目標達成に挑戦することをコミットした企業に対して、技術開発から実証・社会実装まで一気通貫で支援を実施」するための「グリーンイノベーション基金」2兆円が設けられました。
 しかしながら、新技術開発に対する支援が必要なのは、CN分野だけに限りません。新型コロナ対応の経験を通じて、わが国におけるDX(デジタル・トランスフォーメーション)の遅れが浮き彫りとなっており、その全面的かつ迅速な推進が喫緊の課題となっています。CNや、長期化が想定されている新冷戦への対応ともあわせ、われわれはまさに大変革の嵐の中にあります。
 このため金属労協は、わが国の産業・企業の国際競争力と将来にわたる経済力を決定づける、いわばわが国の命運を握る科学技術課題に対して、CN以外の分野に関しても、「グリーンイノベーション基金」と同様の基金を創設するよう主張してきました。
 2021年度補正予算では、先端的な重要技術にかかる研究開発を、複数年度にわたって支援する「経済安全保障重要技術育成プログラム」が5千億円の規模(当初は文科省と経産省の合計で2,500億円)で創設されることとなりました。
 金額的には、2兆円の「グリーンイノベーション基金」でさえ、EUの「欧州グリーン・ディール」の10年間で1兆ユーロ(約130兆円)に比べると、その小ささに驚かされます。「経済安全保障重要技術育成プログラム」はさらにその4分の1にすぎませんが、支援の枠組みができたことについては、第一歩として、評価すべきだと思います。単に企業を支援するということでなく、長期にわたる不況により、委縮した企業経営者の意識・行動を抜本的に変えていくために、さらに大胆な支援を行っていく必要があります。

従業員重視・ステークホルダー重視のビジネスモデル

 金属労協では、米国の経営者団体ビジネス・ラウンドテーブルが2019年8月に発表した「企業の目的に関する声明」、2020年1月の世界経済フォーラムにおける「ダボス・マニフェスト2020」などを踏まえ、「従業員重視・ステークホルダー重視による高付加価値・高利益・高賃金のビジネスモデルへの転換、長期的利益・持続的発展を追求する企業行動の促進」を主張してきました。
 「企業の目的に関する声明」は、
*顧客への価値の提供
*従業員への投資
*サプライヤーとの公正で倫理的な取引
*地域社会への支援
*株主への長期的な価値の創出
という5項目を掲げ、企業、地域社会、そして国の将来の成功のために、すべてのステークホルダーに価値を提供することを約束しています。
 また、「ダボス・マニフェスト2020」は、「企業は顧客、従業員、地域社会そして株主などあらゆる利害関係者の役に立つ存在であるべきだ」とするダボス会議の創設者クラウス・シュワブ氏の理念を示した1973年の「ダボス・マニフェスト」を補強し、公平な課税、反汚職、役員報酬、人権の尊重など、現代的な課題を付け加えるとともに、ビジネス・ラウンドテーブルと同様、顧客、従業員、サプライヤー、地域社会、株主に対する企業行動についてコミットしています
 岸田内閣の掲げる「新しい資本主義」、「成長と分配の好循環」は、まさに「従業員重視・ステークホルダー重視」、そしてそれによる「高付加価値・高利益・高賃金のビジネスモデル」への転換を促すものであり、金属労協の主張に沿ったものと考えられます。

産業教育設備予算

 都道府県立の工業高校など専門高校に対する産業教育設備費については、国の補助が三位一体改革により2005年度に一般財源化されたため、都道府県の予算で行うことになっています。DX、CN、新冷戦に対応する産業の大変革の中で、工業高校の重要性はますます高まってくるものと思われますが、一方で、その実験実習設備は老朽化が指摘され、予算の制約により、更新や修繕が困難な状況にあります。
 文部科学省では、スーパー・プロフェッショナル・ハイスクール(2014年度~2021年度)、地域との協働による高等学校教育改革(2019年度~)、マイスター・ハイスクール(2021年度~2023年度)、そしてスマート専門高校(2020年度第3次補正予算)と支援策を小刻みにつなぐことにより、専門高校支援の予算を確保していますが、金属労協は、「国の予算としての都道府県立専門高校の産業教育設備予算の復活」を主張してきました。
 こうした中で2021年1月、総務省自治財政局財政課から都道府県および政令指定都市への事務連絡「令和3年度の地方財政の見通し・予算編成上の留意事項等について」において、「高等学校の設置者が、産業教育のための実験実習設備を整備する経費について、高等学校段階におけるICT化・オンライン化の推進等のため、地方交付税措置を充実する」ことが盛り込まれました。産業教育設備予算自体の復活ではなく、あくまで実験実習設備に使ってもらうために、一般財源である地方交付税措置を増やしますよ、ということであり、実際に産業教育設備予算に使われるかどうかは、都道府県ごとに確認していかなくてはなりませんが、産業教育設備に対する恒久的な国の支援が実現した、ということにはなると思います。

優越的地位の濫用規制の強化

 下請法の規制対象となるのは、物品の製造委託・修理委託の場合、資本金3億円超の親事業者と資本金3億円以下の下請事業者の取引、資本金1千万円超3億円以下の親事業者と資本金1千万円以下の下請事業者の取引に限られています。親事業者の資本金が1,100万円の場合は、資本金1千万円の下請事業者との取引も対象となりますが、親事業者が3億円の場合、下請事業者が1,100万円だと対象にならないなど、バランスを欠いたものとなっています。金属労協は、企業規模とは関係なく下請法の対象とすべきであることを主張してきました。
 また、独占禁止法の優越的地位の濫用規制が、事実上、製造業者間の取引に適用されていない状況にあることから、これへの適用を主張しています。
 さらに、EU法、英国法、イタリア法では、「競争制限的協定」「支配的地位の濫用」「企業結合」が競争法の規制の柱となっていますが、日本の独禁法では、「優越的地位の濫用規制」が、「私的独占の禁止」「不当な取引制限の禁止」「事業者団体の規制」「企業結合の規制」「独占的状態の規制」とともに6つの禁止・規制項目のひとつにすぎない「不公正な取引方法の禁止」の一項目という位置づけとされていることから、独禁法をたとえば、
*「競争制限」を禁止するもの。
*「優越的地位の濫用」を禁止するもの。
*「企業結合」を規制するもの。
という3本柱とするなど、優越的地位の濫用規制の位置づけについて、再検討を行うべきであると要求してきました。
 2021年12月に政府が取りまとめた「パートナーシップによる価値創造のための転換円滑化施策パッケージ」では、
*資本金要件などにより下請法の対象とならない取引も、優越的地位の濫用に該当するおそれがあることを周知徹底する。
*優越的地位の濫用に関し、コストの上昇分の取引価格転嫁拒否について、これまで荷主と物流事業者との取引のみ調査を行っていたのを、他の業種についても対象とする。
*近年の諸外国における買いたたき等に対する考え方も参考にし、2010年の「優越的地位の濫用に関する独占禁止法上の考え方」の改正を検討する。
などが盛り込まれており、少なくとも、金属労協が主張する課題、すなわち、
*下請法の資本金要件には問題がある。
*優越的地位の濫用規制を製造業にも適用すべきである。
*優越的地位の濫用規制の位置づけをより強める必要がある。
という点について、これを認めたものになっているのではないかと思われます。 

所得拡大促進税制等の改善

 金属労協は「2020年政策・制度要求」において、所得拡大促進税制がかえって低い賃上げを誘発することにならないよう、「(厚労省調査で)定期昇給率が1.7%程度となっていることを踏まえ、「継続雇用者給与等支給額が少なくとも『1.7%プラス過年度消費者物価上昇率』を超えて増額となっている企業を対象とすること」を主張してきました。
 2021年度税制改正では、金属労協の主張とは逆の方向で制度改正が行われてしまいましたが、2022年度税制改正では、低い賃上げでも減税の適用があることについては変わらないものの、より高い賃上げを促進するものに方向転換が行われています。

人権デュー・ディリジェンスのガイダンス作成、義務化

 人権デュー・ディリジェンスに関しては、2015年の英国「現代奴隷法」制定以来、欧州各国を中心に法制化・義務化が進み、EU指令案も示される状況となっています。日本企業も、欧州で事業を展開しているところはもとより、欧州企業と取引を行っている企業も、対応を迫られることになります。
 金属労協では、企業が人権デュー・ディリジェンスを実践するための日本版ガイダンスの作成、海外事業拠点を有する企業に対する義務化を求めてきましたが、2022年2月、萩生田経産大臣が記者会見において、「指針」の作成および法制化の意向を示すところとなっており、いよいよわが国においても、取り組みが本格化することになります。 

外国人材の状況の詳細な掌握

 外国人技能実習制度については、法務省の「技能実習制度の運用に関するプロジェクトチーム」の報告書(2019年3月)でも明らかなように、実習生の死亡・失踪、監理団体や受け入れ企業による不正行為が数多く発生しています。しかしながら、2017年11月の新しい制度導入以降、情報公開がむしろおろそかになっている傾向が見られます。
 金属労協では、外国人材の生命と人権、賃金・労働諸条件、職場環境・生活環境などの状況に関し、詳細な掌握に努めるよう求めてきましたが、2021年10月、厚労省において、出入国在留管理庁、総務省も参加し、「外国人の雇用・労働等に係る統計整備に関する研究会」が設置され、2022年3月の最終報告書とりまとめに向け検討が進められています。

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