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(浅井茂利著作集)消費税率の引き上げとその後

株式会社労働開発研究会『労働と経済』
NO.1583(2014年10月25日)掲載
金属労協政策企画局次長 浅井茂利

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 2014年4月の消費税率引き上げに伴う景気の落ち込みは、9月時点では、残念ながらまだ続いているようです。内閣府の「消費税率引上げ後の消費動向等について(9月第2週)」の判断指標を見ると、大手百貨店の売上高は前年並みまで回復してきていますが、スーパーの飲食料品(除く生鮮食品)の売り上げ、自動車販売台数、家電販売金額は、いずれも前年割れとなっています。飲食料品については、駆け込み需要の反動減は終了しているものと思われますから、天候の影響かもしれません。4月以降、5月から7月にかけて順調に回復していた景気ウォッチャー調査が8月に悪化したことも、気になるところです。
 経済が変調をきたせば、追加の金融緩和が実施されることになるでしょうが、追加緩和をしなくて済むものなら、それに越したことはないので、これから景気がどうなるのか、そして、2015年10月に予定されている消費税率10%への引き上げが実施されるのかどうか、大変注目されるところです。
 10%への引き上げはすでに法律で決まっていることですし、一方、8%での据え置き論も単なるポピュリズムではないので、判断は困難を極めることになるでしょうが、判断の前提として、消費税の制度とその課題について、改めて整理してみることも必要だと思います。

消費税は前段階控除の付加価値税である

 消費税の最も大きな特徴は何か、間接税ということでしょうか。確かに消費税の導入時には、その根拠として、「直間比率の是正」、すなわち日本は諸外国に比べて税収に占める間接税の比率が低いので、これを引き上げるべきだという主張がなされました。しかしながら、直間比率はどの程度が正しいのか、などという目途はありませんし、外国が正しくて日本が間違っている、とも言えません。地下経済が大きな国では、直接税では徴収できない税収を間接税でとる、ということがあるかもしれませんが、日本での理屈としては、あまり説得力がありません。
 「直間比率の是正」と並んで、「所得・消費・資産にバランスのとれた課税」ということもよく言われていました。しかしながら、もともと消費課税は、所得課税の一種なので、これもスローガン以上の意味はありません。
 消費税の最も大きな特徴は、「前段階控除の付加価値税」ということです。改めて復習をしますと、消費税は次のような仕組みになっています。
 例えば、鉱山 → 素材メーカー → 部品メーカー → 完成品メーカー → 問屋 → 小売店 → 消費者、というふうに商品が生産され、販売されていくとします。
 まず、鉱山が1万円の鉱石を素材メーカーに販売すると、1万円の消費税800円を素材メーカーは鉱山に支払い、鉱山はそれを税務署に納付します。
次に、素材メーカーが1万円の鉱石を使って3万円の素材を作り、部品メーカーに販売したとします。部品メーカーは2,400円の消費税を素材メーカーに支払いますが、素材メーカーが税務署に納めるのは1,600円です。残りの800円はすでに鉱山に支払っており、鉱山が税務署に納めているからです。
 以下、完成品メーカー、問屋、小売店と同じことが続きます。最終的に、小売店が消費者に10万円で販売したとして、消費者が小売店に支払う消費税は8,000円ですが、小売店が8,000円を丸ごと税務署に納めるのではなく、鉱山800円、素材メーカー1,600円、以下、部品メーカー、完成品メーカー、問屋、小売店が、それぞれ分担して納めるのです。
 消費税として、販売先から売値に8%をかけた金額を受け取るけれど、税金として納めるのは、仕入れ先(前段階)に支払った消費税を控除した金額です。見方を変えると、「売値-仕入値」が企業の付加価値ですが、それに8%をかけた金額が、その企業が納めるべき消費税になる、これが「前段階控除の付加価値税」の仕組みです。

所得税の申告の適正化を促す役割

 消費税が、もし間接税の税収を増やすことを目的としているならば小売店だけが小売価格に8%をかけた金額を徴収し、納めればよいのです(小売売上税)。
 それをこのような面倒な仕組みにすることによって、税務署は、鉱山から消費者に至る各段階において行われる取引を、すべて掌握することができるのです。
 サラリーマンと自営業者、農業従事者の所得捕捉の違いについては、以前はトーゴーサンとかクロヨンとか言われていました。サラリーマンの所得捕捉率100%、自営業50%、農業30%だというのがトーゴーサン、90%、60%、40%だというのがクロヨンです。
 消費税を納税するには、販売先から受け取った消費税額から、仕入れ先に支払った消費税額を差し引かなくてはなりませんが、そのためには、その事実を記録した帳簿及び請求書等の両方の保存が義務づけられており、保存していない場合には、差し引くことが認められず、仕入れ先と税務署への二重払いが発生します。
 このような仕組みによって、税務署は取引の流れに目を光らせることができるので、所得税についても、企業や自営自業者に対し、申告の適正化を促すことが期待できます。旧通産省の検討会が2000年に行った試算によれば、所得捕捉率はサラリーマン100%、自営業者80%、農業従事者30%(トハサン)に変化しており、少なくとも自営業者の所得捕捉率は、多少改善したようです。

インボイスの活用

 所得税の申告を適正化させるという機能を十分に発揮させるためには、本来は、取引ごとにインボイス(税額票)の発行を義務づけることが必要です。諸外国では色々な事例があるのだろうと思いますが、インボイスのわかりやすい事例としては、次のようなものがあります。
 まず、取引が行われた場合、売り手は4枚つづりのインボイスを発行し、うち2枚を買い手に渡します。この時点で、売り手と買い手は2枚ずつインボイスを保有していますが、消費税を納める際、1枚を税務署に提出します。税務署には売り手と買い手から、同じインボイスが提出されるはずなので、一方が提出していなければ、おかしいということになるわけです。売上を過少に申告するためには、販売先と共謀する必要があるので困難、という仕組みです。
 消費者については、小売業者が消費者にインボイスを発行しても、税務署が集めることは困難なので、代わりに小売業者がレジの記録を税務署に提出することによって、小売店 → 消費者の取引も透明化されます。
 これはアナログなやり方ですが、いまはもっと電子化されたやり方が考えられるのではないかと思います。
 所得に占める消費の割合(平均消費性向)は、高所得層ほど低くなる傾向があるので、所得に占める消費税の比率は、低所得層ほど高くなります。これが消費税の逆進性です。これを緩和するため、消費税率10%への引き上げに際し、食品など生活必需品に軽減税率を採用するかどうかが焦点となっています。軽減税率を導入すると、通常の税率の商品と軽減税率の商品が混在することになるので、納税のための作業は大変煩雑なことになります。
 しかしながらインボイスがあれば、それをまとめて計算するだけなので、いくら量が多くても、処理作業自体は単純です。作業の煩雑さが軽減税率反対の理由にあげられますが、インボイスを導入すれば問題はありません。

内税と外税の問題

 97年4月に消費税率が3%から5%に引き上げられたのち、2004年には、一層の税率引き上げに向けた準備として、それまで主流であった外税方式が禁止され、内税方式である「総額表示方式」が義務づけられました。
 外税方式とは、値札において、税抜価格の表示を基本とし、場合によって税額や税込価格を併記するやり方で、内税方式は、税込価格の表示を基本とし、場合によって税額や税抜価格を併記するやり方です。「総額表示方式」によって、税込価格を必ず表示しなくてはならないことになりました。
 それが2014年4月の引き上げに際し、2017年3月末までの特別措置ではありますが、「税込価格を表示することを要しない」とされることになり、小売店などで外税方式での表示に変えるところが出てきています。税率を引き上げやすくするための内税方式を、税率引き上げの際に休止しなくてはならない、というのは皮肉です。
 こうしたその場しのぎのやり方は、税率10%までは通用すると思いますが、もし10%を超えて引き上げようとするならば、内税方式を徹底する以外にはないでしょう。税抜価格が表示されている場合、たとえば×12%とかの計算を即座にできる人は限られてきますし、何よりも痛税感が大きくなり、消費意欲を阻害することになるからです。
 消費税は経済活動に対して中立的という人がいますが、税の負担感が重ければ消費を抑制し、貯蓄奨励策になる可能性があります。日本経済が(いままでそうだったように)貯蓄過剰・投資不足となれば、そのぶん外需依存と財政赤字拡大が進み、経済は「負のスパイラル」を転げ落ちることになります。
 逆に、10%を超えて消費税率を引き上げない、財政健全化は歳出の見直しで行う、と決意するならば、外税方式でよいのだろうと思われます。税負担の重さを日々実感することは、納税者として、行政の無駄をつねにチェックすることにつながるからです。

消費税率10%はどうする

 2015年10月からの消費税率10%への引き上げが予定されていますが、実際に実施するかどうかは、政府が年内に判断することになっています。非常に難しい判断だと思いますが、金融市場に対して、日本は財政健全化に消極的だというメッセージを送ることは、絶対に避けなくてはなりません。量的・質的金融緩和を受けて、金利は低水準となっていますが、先進国中最悪の政府債務・財政赤字を抱えるわが国の財政再建が困難、と市場が判断すれば、国債価格は暴落、金利は急騰し、わが国経済は壊滅的な打撃を被ることになります。
 今回の2回の消費税率引き上げは、社会保障財源だから財政健全化とは無関係、という人もいると思いますが、必要な社会保障の財源を捻出するための引き上げであれば財政健全化の一環とみなすべきです。
 2014年9月の記者会見において、日銀の黒田総裁は、「消費税率引き上げが行われた場合と、行われない場合のリスク」について、「政府の財政健全化の意思や努力について市場から疑念を持たれると、政府・日銀としても、対応のしようがない」が、「増税した場合に、予想以上に経済の落ち込みが大きくなる事態となれば、財政・金融政策で対応できる」と指摘していますが、これは金融当局の切実な思いだろうと思います。
 もし仮に、消費税率を8%に据え置くなら、きわめて大胆な行政改革をセットで提示し、日本は増税ではなく、厳しい財政支出の見直しで財政健全化を実現するのだという意思を、市場に示す必要があります。リーマンショックのような非常事態でない限り、財政支出削減はむしろ景気回復につながるはずですが、仮に景気後退が見られた場合でも、金融緩和の強化で対応することができます。歳出削減がない前提であれば、黒田発言はまったくそのとおりですが、歳出削減とセットであれば、総裁の発言は、また別のものになってくるでしょう。


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