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(浅井茂利著作集)2018年闘争を振り返る

株式会社労働開発研究会『労働と経済』
NO.1628(2018年7月25日)掲載
金属労協政策企画局主査 浅井茂利

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 2018年闘争において金属労協は、「生産性三原則の実践」による「人への投資」の実現によって、「強固な現場」「強固な金属産業」「強固な日本経済」を構築するため、「3,000円以上の賃上げ」や労働諸条件の引き上げを実現すべく取り組んできました。
 賃上げ獲得組合の比率は、2014年闘争以降、最も高い水準となり、また2年連続で、金属労協全体として、中小労組の賃上げ額の平均が大手労組を上回ることとなりましたが、一方で、大手では経営側から賃上げに対して従来以上に強い抵抗感が示され、また、春闘の社会的相場形成機能や働く者への成果配分のあり方など、今後の闘争に向けて、多くの課題が示されることとなりました。

生産性三原則について

 2018年闘争で金属労協は、①雇用の維持・拡大、②労使の協力と協議、③成果の公正な分配、からなる「生産性三原則」を実践し、「マクロ経済レベルでの適正な成果配分が、生産性向上の大原則である」と改めて主張してきました。
 政府が「生産性革命」を推進していることもあり、労使交渉では、生産性の向上に関し、従来以上にクローズアップされましたが、マクロ経済全体での付加価値生産性の向上と、その勤労者に対する適正な成果配分という論点については、今後の課題となっています。
 マクロ経済レベルでの勤労者への適正な成果配分を実現するためには、多様な働き方の下での「良質な雇用」の確立、成果配分をめぐる労使協議の枠組み、バリューチェーンにおける付加価値の配分のあり方、第4次産業革命への対応など今日的な課題を検証しつつ、「生産性三原則」の労使共有化を図り、政労使や産別レベル、個別企業労使など、さまざまな場で議論を行っていかなくてはなりません。
 また、後述するように、格差是正に向けた大手を上回る中小の賃上げ獲得、あるいは賃金水準重視の取り組み強化を図る中にあっても、大手・中小がともに、「生産性三原則」に則った適正な成果配分を獲得していく必要があります。
 2018年闘争では、過年度消費者物価上昇率が0.7%に達しています。全体で賃上げに取り組んだ2014年以降の闘争で実質賃金を維持できているかどうかを検証しつつ、実質賃金維持・向上のための取り組みを引き続き強化していくことが不可欠となっています。

「人への投資」の考え方

 従来、労働組合は賃上げを中心とした成果配分を主張し、これに対して経営側は、賃上げだけでなく、企業業績に対してある程度の変動性を確保できる一時金を重視したスタンスをとってきました。しかしながら2018年闘争では、経営側から、賃金・一時金だけでなく、諸手当や多様な人材の活躍促進のための福利厚生、能力開発投資など、「人への投資」として、より幅広い選択肢が提起されました。
 基本賃金や諸手当はもとより、一時金、福利厚生、そして能力開発投資も人件費総額の構成要素であり、「人への投資」であることは事実ですが、働く者への成果配分としての意味合いは、同じとは言えません。また、
*賃金構造維持と継続した賃上げによって、生涯の生活設計を可能にし、生活の安定を図る必要があること。
*消費拡大を図るためには、賃上げが最も効果的であること。
*春闘は、働く者への成果配分を議論する場であり、マクロ経済レベルでの適正な成果配分を行っていくためには、賃金の社会性、賃上げの持つ社会的波及効果の観点から、賃上げ額での社会的相場形成を図っていくことが不可欠であること。
など、賃上げがもっとも根幹にあることは間違いありません。

賃上げ獲得率の上昇と大手を上回る中小の賃上げ

 金属労協全体集計では、賃上げ獲得組合の割合が回答組合の約7割となり、299人以下の組合でも6割を超えました。2014年闘争以降、全体で6割程度、中小で5割程度が続いていましたが、5年間ではじめて、あるいは必ずしも毎年実施してこなかったところも賃上げを獲得し、賃上げの裾野が大きく広がりました。
 賃上げ額も、すべての規模の組合で、前年を上回る回答を獲得するとともに、前年に引き続き299人以下の組合が1,000人以上の組合を上回りました。
平均して、中小組合が大手組合を上回る賃上げを獲得している要因としては、
①高度成長期以来の人手不足や繁忙感を背景とした人材流出を防ぐために、賃上げによる「人への投資」が不可欠となっていること。
②大手労組との賃金水準格差を明らかにした上で、あるべき賃金の水準を労使で確認して格差是正に取り組んでいる組合があること。
③バリューチェーンにおける「付加価値の適正循環」構築の考え方が浸透してきていること。
④経営側からも中小企業の賃上げが大手を下回る枠組みの打破といった働きかけが見られたこと。
などが考えられます。
 また、金属労協が展開している、バリューチェーンにおける「付加価値の適正循環」構築の取り組みに基づき、
*産別や企連、大手組合からバリューチェーンを構成する企業の経営者などに対する賃上げへの理解促進活動が、さらに強化されている。
*製品と労働に適正な評価を求め、取引先への価格の値戻し要請を経営側に提案する活動も引き続き実施されている。
*グループ企業労使による会議なども開催されている。
ことなどが、大手を上回る中小組合の賃上げ回答引き出しの環境づくりに役割を果たしているものと思われます。
 しかしながら、賃上げに対する経営側の抵抗感は、従来以上に強くなっており、全体の3割、中小組合の4割では、賃上げを獲得できておらず、中小組合では毎年賃上げが行われていない場合もあり、賃上げを実施する代わりに、一時金水準を抑えている例も見られることなどからすれば、賃上げが毎年の当たり前のこととして定着したとまでは判断できないと思います。
 さらに、大手と中小の賃上げ額の関係は、産別ごとにばらつきがあり、大手を上回る中小の賃上げは、必ずしも全体のものとなっていません。これまで賃上げを獲得してこなかった組合で比較的高い賃上げを獲得し、中小の平均を押し上げている側面もあります。

賃金水準重視の取り組みと賃上げ額による社会的相場形成

 大手と中小の間に存在する賃金水準の大きな格差を是正するには、賃上げ額の共闘とともに、賃金水準重視の取り組みにより、あるべき賃金水準をめざしていく必要があります。金属労協では従来から、「賃金水準重視」を掲げてきていますが、「同一価値労働同一賃金」の考え方に立って、JC共闘としての具体的な進め方を検討していく必要があります。
 一方で、勤労者に対する成果配分の社会的相場形成、物価上昇に対応した実質賃金確保、あるいは大手と中小、組織・未組織を問わず賃上げの勢いを増していく観点からは、賃上げ額による相場形成が重要であり、賃金水準重視の取り組みを強化しつつ、今後も賃上げ額による相場形成を両立していく必要があります。
 今次闘争では、経営側が賃上げ額を公表しない動きも見られました。しかしながら、未組織労働者を含めた社会全体に対して、賃上げの相場形成と波及を果たしていくことが労使の社会的責任です。
 産別交渉で直接的な賃金決定を行わないわが国では、社会的相場形成の中で、大手の賃上げ額がマクロレベルの成果配分の重要なものさしとなっていることを共通認識としていく必要があります。
 グローバルな人材獲得競争が激化する中で、わが国においても、一部業界・一部職種では、従来の枠を超えた初任給の大幅な引き上げに踏み切る企業が出てきています。また、外資系企業などを中心に、高度な専門的技術者等の獲得に向けて、一般的な正社員の賃金体系の枠を超えた高額報酬を支払う事例も出てきています。今後、労働市場の動向を注視していく必要があります。

企業内最賃など

 企業内最低賃金協定の取り組みを強化するため、金属労協では、要求基準をこれまでの到達水準から目標水準へと見直し、具体的には、地域別最低賃金を上回る水準を念頭に、従来の「159,000円以上」から「164,000円以上」としました。
 こうしたことから、企業内最賃協定の水準引き上げに取り組む組合が増加しましたが、一方で、相対的に水準が高い大手の組合では、引き上げ額の低下傾向が見られるところになっています。
 企業内最賃協定は、特定最低賃金の申出要件確保や金額審議に大きな役割を果たしています。地域別最賃の動向に十分留意し、水準を引き上げるとともに、締結粗合の比率を2017年闘争後の55%から、全組合締結に向けて、さらに拡大することが必要となっています。

一 時 金

 全体集計では、半数を超える組合が前年を上回り、平均月数も前年に比べて増加しました。また、年間4カ月未満の組合は、前年同時期の406組合から368組合に大幅に減少しています。しかしながら、平均月数は年間4.55カ月となっており、長期にわたる景気回復の中でも、5カ月に達するところとなっていません。
 年間5カ月分以上を基本としてきた重みを再確認し、引き続き最低獲得水準4カ月分以上の厳守を図るとともに、業績好調が続いた場合の一時金のあり方について、今後検討を深めていくことも重要だと言えます。

非正規労働者の雇用と賃金・労働諸条件の改善

 有期雇用労働者の無期転換については、各産別・単組において状況の掌握を進めているところですが、一般的な正社員に自動的に転換する事例はあまり見られず、賃金・労働諸条件はそのままで、雇用契約期間を有期から無期にするだけの転換に止まっている場合が多くなっています。
 有期労働契約の無期転換は、あくまで一般的な正社員への転換を基本とするよう、経営側に対する取り組みを強化していくことが不可欠です。また、賃金・労働諸条件をそのままとした無期雇用への転換に誘導することがないよう、金属労協として、厚生労働省に対する要請活動を強めています。
 また、どのような雇用形態であっても、同一価値労働同一賃金を基本として、一般的な正社員との均等・均衡待遇を確立するとともに、正社員への転換が可能となるよう、制度整備、運用の点検を図るなど労使協議を進めていかなければなりません。
 非正規労働者の賃上げについては、取り組み組合、前進回答を引き出す組合は増加しており、正社員に連動した賃上げのほか、格差是正の観点から、正社員を上回る賃上げを獲得する組合も見られますが、金属労協全体の取り組みには至っていません。未組織の非正規労働者の賃金・労働諸条件への労働組合の関与について、金属労協全体の取り組みとしていくとともに、非正規労働者の賃金・労働諸条件引き上げの定量的な把握の方法について、契約社員、期間従業員、パート・アルバイト、派遣社員など雇用形態・勤務形態ごとに賃金実態が異なる中で、どのような把握が可能なのか、検討を進めていきたいと思います。

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