見出し画像

(浅井茂利著作集)働く者のニーズに即した非正規労働とは

株式会社労働開発研究会『労働と経済』
NO.1596(2015年11月25日)掲載
金属労協政策企画局長 浅井茂利

<情報のご利用に際してのご注意>
 本稿の内容および執筆者の肩書は、原稿執筆当時のものです。
 当会(一般社団法人成果配分調査会)は、提供する情報の内容に関し万全を期しておりますが、その正確性、完全性を保証するものではありません。この情報を利用したことにより利用者が被ったいかなる損害についても、当会および執筆者は一切責任を負いかねます。


 いわゆる非正規労働者の問題が、労働運動、労働法制、労働行政などにおいて、最大の焦点のひとつとなっていることについては、誰しも認めるところでしょう。
 およそ経済活動というものが、人間の生活を支えるための営みである以上、非正規労働という雇用形態についても、働く者のニーズに即したもの、ということが基本でなくてはなりません。非正規労働とひと口で言っても、その態様はさまざまで、ひと括りで議論することは困難であるということは広く認識されていますが、そうであれば、非正規労働の雇用形態ごとに、働く者のニーズという点から、その存在意義を改めて探ってみることが必要だと思います。そしてそのことが、働く者のニーズに即した仕組みづくりと、非正規労働者の状況の改善に向けた第一歩となるのではないでしょうか。

労働力調査では、非正規労働は6つに分類

 まずは「非正規労働者」とは何か、ということから始めなくてはなりませんが、労働法のもっともスタンダードな教科書である菅野和夫『労働法』を見ても、「通常(正規)の雇用関係にある従業員とは区別された労働者」ということになっていますので、結局、「正社員ではない従業員」ということ以外に、定義づけはむずかしいのかもしれません。
 総務省統計局の労働力調査では、「会社、団体、公社などの役員を除く雇用者(=雇われている人)」が、
*正規の職員・従業員
*パート
*アルバイト
*労働者派遣事業所の派遣社員
*契約社員
*嘱託
*その他
の7区分に分類されていますが、このうち「正規の職員・従業員」以外の6区分を「非正規の職員・従業員」としており、これをもって、非正規労働者とするのが一般的な理解ではないかと思います。「正規」を含めた7区分の定義は、次のようにされています。
「正規の職員・従業員」・・・勤め先で一般職員あるいは正社員などと呼ばれている人
「パート」「アルバイト」・・・就業の時間や日数に関係なく、「パートタイマー」、「アルバイト」又はそれらに近い名称で呼ばれている人
「労働者派遣事業所の派遣社員」・・・労働者派遣法に基づく労働者派遣事業所に雇用され、そこから派遣される人。派遣事業所の派遣社員は、他に当てはまるものがあっても、「労働者派遣事業所の派遣社員」
「契約社員」・・・専門的職種に従事させることを目的に契約に基づき雇用され、雇用期間の定めのある人
「嘱託」・・・労働条件や契約期間に関係なく、勤め先で「嘱託職員」又はそれに近い名称で呼ばれている人
 ここで留意すべきことは、まずは、「勤め先における呼称」が判断基準となっていることです。「パート」の語源は短時間勤務だと思いますが、フルタイムパートに就いている人も多いと思います。「アルバイト」は学生アルバイトが頭に浮かびますが、「フリーター」も「アルバイト」の中に含まれます。「嘱託」も60歳以降の定年や再雇用の終了後に「嘱託で残る」という風に使われますが、他社に移って嘱託という場合もありますし、「契約社員」との区分は、厳密にはなかなか難しいかもしれません。
 そうしたわけで、明確な定義づけは困難ですが、一定のイメージが社会的に共有化されているということで、「呼称」を基準とした区分をしているのだろうと思います。
 ただし、不親切なところもあり、製造現場などで働く期間従業員の場合、どこに分類されるのかは、不明確です。期間従業員は自動車産業などに多く従事していますが、「輸送用機械器具製造業」で数の多い非正規労働は「契約社員」となっていますので、おそらく、そこに分類されているのではないかと推測されます。
 同じく60歳の定年後、再雇用で働いている人についても、明確ではありませんが、この場合は、そもそも再雇用の態様がさまざまなのだから、それでよいのかもしれません。もちろん、労働力調査はアンケート調査ですから、調査表に記入する際に、仕事の内容に応じて、「正規の職員・従業員」と回答する場合もあるでしょう。
 派遣労働者について、派遣元(労働者派遣事業所)で有期雇用か、無期雇用かに関わらず非正規に分類されるというのは、納得しづらいところです。派遣元で正社員であれば、「労働者派遣事業所の派遣社員」であっても、「正規の職員・従業員」ということにすべきだと思いますが、どうでしょうか。
 なお、一般的には「間接雇用」のひとつの形態とみなされている場合が多い「請負」で働く者については、非正規の区分に掲げられていません。派遣の場合と異なり、請負会社で正社員ならば「正規の職員・従業員」、非正規ならば「非正規の職員・従業員」ということになります。

働く者のニーズに合った非正規労働の仕組みであるかどうか

 労働力調査において、「非正規の職員・従業員」とされている人のうち、「正規の職員・従業員の仕事がないから」非正規となっている人を「不本意非正規」と呼んでいます。「雇用形態の多様化」を進めるべき、と主張する人がいますが、「多様化」が働く者のニーズによるものなのか、企業の都合によるものなのかの区別は、非常に重要です。言うまでもないことですが、企業の都合による「雇用形態の多様化」は、雇用の不安定化と賃金・労働条件の切り下げに直結します。アメリカの芸能界で働くタレントのように、非正規労働で働こうとする者は労働組合に入っていなければならない、ということにすればよいのですが、現時点では、残念ながら現実的ではありません。
 旧・日経連は、1995年に発表した「新時代の日本的経営」報告書において、「雇用のポートフォリオ」の方針を打ち出しました。正社員は幹部社員のみ、技能職、一般職は有期雇用、という考え方です。
 それまでも、企業には非正規労働者活用を拡大したいというニーズがありましたが、躊躇していたところ、その「たが」を外す役割を果たしました。これによって非正規労働者が増大し、勤労者への配分が過少となって、「失われた20年」というデフレと経済の低迷の一因となりました。こうした経験からすれば、「雇用形態の多様化」は、あくまで働く者のニーズを満たす範囲に止めるべきであると言えます。また、現状の制度では非正規として働くことを希望しているとしても、たとえば「短時間正社員」のような仕組みが普及すれば、正社員としての職を希望する可能性が大きいということも、留意すべきだと思います。
 不本意非正規は、統計上は2014年に331万人、非正規労働者1,962万人の6分の1程度となっていますが、果たして残りの6分の5が非正規のままでよいのかどうかは、改めて考える必要があります。
 非正規の職で働きたいというニーズはどのような場合なのか、非正規労働の雇用形態ごとに考えてみることが重要です。
 まずは、「パート」で働くことを希望する理由としては、(正社員などの仕事がないという場合を除いて)次の3つが考えられます。
①短い労働時間(少ない労働日数)で働きたい。
②転勤をしたくない。
③責任の重い仕事をしたくない。
 しかしながら、①、②の場合には、いわゆる「限定正社員」の制度(労働時間限定正社員、勤務地限定正社員)があれば、それで対応できることです。③も「限定正社員(職務限定正社員)」で対応できますし、そもそも「パート」であっても、責任の重い仕事をしている人は少なくありません。極端に言えば、「限定正社員」が普及すれば、働く者にとって、「パート」という形態の存在意義はないかもしれません。もちろんその場合、「限定正社員」の賃金水準が、限定ではない正社員よりも不当に低いものであってはなりません。
 次に「アルバイト」ですが、先述のように学生アルバイトと、いわゆるフリーターが代表的な事例だろうと思います。
 学生アルバイトの場合は、フルタイムで働くことはできないはずですし、学生の間だけ働きたい、あるいは長期休暇の時だけ働きたい、というニーズがあるので、「アルバイト」という雇用形態の存在意義はあると思います。しかしながら、フリーターの場合には、正社員の職に就くことを希望している人がほとんどではないでしょうか。
①ひとつの会社に縛られたくない。
②他に本職があるのだが、生活費の補助や活動費の捻出のために働きたい。(旅行家、登山家、冒険家、写真家、プロサーファー、劇団員、ミュージシャンなど)といった場合には、アルバイトという働き方の存在意義があるでしょうが、量的には限られた人々であろうと思います。
 「労働者派遣事業所の派遣社員」や「契約社員」で働くというニーズは、
①ひとつの会社に縛られたくない。
②専門とする仕事一筋、腕一本で働きたい。
という場合であろうと思いますが、②については、「パート」と同様、「限定正社員(職務限定正社員)」で対応できると思います。①の場合には、派遣社員という仕組みの存在意義があると思いますが、雇用の安定という観点からすれば、派遣元では無期雇用であるべきで、派遣元で有期雇用という仕組みの存在意義はないと思います。
 「契約社員」についても、その企業の「水」が合えば正社員として働きたいということになるかもしれませんので、それを前提とした契約にするべきではないでしょうか。

主たる生計維持者でないことを利用した不安定・低賃金雇用の活用はできない

 これまで見てきたように、パートや、派遣元で有期雇用の派遣社員といった仕組みは、雇用の安定を確保するための別の仕組みが整備されれば存在意義はないだろうと思います。
 もちろん、これはあくまで働く者の立場からの見方ですから、企業からの見方は当然、違ったものとなってきます。「何を甘っちょろいことを言っているのだ。企業経営はもっと厳しいぞ」という指摘もあることでしょう。
 しかしながら、かつては、主たる生計維持者でない人については、非正規労働者として雇用が不安定でも、あるいは賃金が低くてもやむをえない、という感覚が根底にあったのだと思いますが、もはやそうした考え方が通用しないことは明白でしょう。
 そもそも、「非正規労働者=主たる生計維持者でない人」という図式が、すでに成り立っていません。世帯員の誰もが主たる生計維持者という状況になっており、当然のことながら、現在、非正規労働で働くことを余儀なくされている人も、主たる生計維持者となっているわけです。
 また同一価値労働同一賃金の原則からすれば、雇用形態の違いによる賃金格差がおかしいのは、言うまでもありません。
 むしろ市場経済原理から言えば同じ能力、仕事、実績であれば、雇用が短期、不安定であるほど、賃金は高くなるということが基本原則となります。ホテルはウイークリーマンションよりも割高で、ウイークリーマンションは賃貸マンションよりも割高であるのと同じです。
 企業が、主たる生計維持者でない人を利用して、容易に解雇できる労働者、賃金の低い労働者を雇用するというかつての仕組み、そしてそれが主たる生計維持者である非正規労働者に対してもそのまま適用されてきたという仕組み自体が、企業にとって「大甘」な仕組みだったのではないでしょうか。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?