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(浅井茂利著作集)本当に人手不足が続くのか

株式会社労働開発研究会『労働と経済』
NO.1634(2019年1月25日)掲載
金属労協政策企画局主査 浅井茂利

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 わが国の総人口、生産年齢人口が長期的に減少傾向をたどっていることは、政府の「日本の将来推計人口」を見れば一目瞭然ですが、将来的な労働力の需要と供給がどうなるのかという点になると、きちんとした推計が行われていないように思われます。2018年の骨太方針には、人手(人材)不足という言葉が13箇所出てきますが、今後の人手不足について、定量的に示した箇所はありません。もちろん、労働力の供給面だけでも、女性や高齢者の労働参加率、外国人労働者の動向、若年者の就学率など、不確定要素はたくさんありますし、需要面はまったく不透明・不確実と言わざるを得ません。
 しかしながら、それでも「他の条件が一定ならば」との前提に立って推計を行うことは可能であり、また意味があると思います。そうした作業なしに長期的な雇用・労働政策を立案することは、本来、不可能なのではないでしょうか。

政府の「人材不足の見込み数」は日本全体の人手不足を示していない

 先般の臨時国会において、外国人労働者の新しい在留資格を導入する出入国管理法改正案が成立し、新制度が本年4月より実施されることになります。法案審議の段階で、政府より衆議院に対し、「新たな在留資格による受入れ・人材不足の見込み数」なるデータが提供され、人材不足の見込み数は現時点で586,400人、5年後で1,455,000人とされています。
 しかしながらこれは、新しい在留資格が適用される14業種に関して、「各業所管省庁からの報告」の数値を積み上げたものにすぎず、日本全体としてのマクロ的な人材不足を示すものではありませんし、またその根拠もわかりません。
 現時点では、わが国が全体として人手不足になっていることは、有効求人倍率などを見ても間違いないでしょうが、それでも雇用のミスマッチは存在しているはずで、そうした考慮はされていません。また、実際のGDPと潜在的なGDPの差を示すGDPギャップは2017年にようやくプラス(供給力不足)になったばかりで、直近の2018年7~9月期は再びマイナスに落ち込んでいます。
 ましてや2020年の東京オリンピック・パラリンピック以降については、雇用情勢は一気に悪化するのでは、と感じている人も少なくないのではないでしょうか。政府の「人材不足の見込み数」で、建設業は現時点で2万人、5年後で21万人とされています。オリンピック・パラリンピック関連の建設需要は、絶対の期限がありますので、人手不足が発生するのはわかりますが、そのほかの需要は、発注が多ければ価格を引き上げて発注を抑制し、賃金・労働諸条件を引き上げて労働力を集めればよいだけなので、そもそも人手不足という概念すら発生しないのではないかと思います。ただし、たとえば介護の分野では、必要な人材を確保しなければ必要なサービスを供給できませんし、価格を引き上げて需要を抑制することも基本的にはできないので、人手不足が発生します。製造業の場合も、外国企業と競争しているので、需要に応えないことによって将来的な発展可能性の芽を摘むことになるのであれば、何としても人材を確保しなくてはなりません。
 建設業も国内では激しい競争をしていますが、それでも賃金・労働諸条件を揃って改善していくことはできるはずです。
 なお、JILPT(労働政策研究・研修機構)では、「労働力需給の推計」を発表していますが、「ゼロ成長・労働参加現状シナリオ」では労働力人口はこうなる、就業者数はこうなる、「経済再生・労働参加進展シナリオ」ではこうなる、という推計なので、人手不足の大きさを知ることはできません。

人手不足のラフな試算

 そこで、きわめてラフな試算ではありますが、「日本の将来推計人口」をもとに、次のような前提に立って、人手不足の簡単な推計をしてみました(図表1)。
①GDPギャップがまだマイナス(供給力過剰)であった2015年を基準として、総人口(全年齢)に占める就業者の割合が2015年並みであれば、ミクロではともかく、少なくとも日本全体としては人手不足ではない。
②生産年齢人口(15~64歳)に占める就業者の割合、65歳以降に占める就業者の割合は不変とする。
 ①が労働力の需要面、②が供給面の要因で、これだけを前提とします。需要面における経済成長率や、供給面における生産性の向上、女性・高齢者の労働参加率、外国人労働者数、就学率などの変化は無視しています。生産性が向上したり、労働参加率が高まったり、外国人労働者が増加したりすれば、商品・サービスに対する需要が拡大するはずで、労働力需要も高まるはずなので、労働力不足をラフに推計するということであれば、とりあえず無視してもよいと思います。
 この試算では、2030年の人手不足は153万人、2040年に354万人、2050年に433万人となります。人材会社のパーソルと中央大学は、2030年の人手不足を644万人と試算していますが、これに比べれば4分の1以下ということになります。

第4次産業革命と労働力需給

 一方、第4次産業革命の急激な進展により、仕事の中身や雇用に大きな影響が出てくることが予想されています。先述のように、生産性が向上した場合、それが商品・サービスの需要増となって、労働力需要も高まるというのがあくまでも基本的な道筋です。しかしながら、第4次産業革命では、人間の仕事がICTやAI、ロボットに置き換わって生産性が向上するわけですから、勤労者への成果配分がおろそかとなる可能性があり、場合によっては、大幅な雇用削減を招く可能性も否定できません。これによって個人消費が縮小すれば設備投資、設備投資が一巡していれば外需や政府支出が成長の主役にならざるをえませんが、このような経済は望ましくありません。
 オックスフォード大学のオズボーン准教授、フレイ博士および野村総研の試算によれば、日本では「労働人口の約49%が、技術的には人工知能やロボット等により代替できるようになる可能性が高い」とのことであり、これをもとにした経済産業省の「新産業構造ビジョン」(2017年)では、2015年度と2030年度を比較すると、第4次産業革命の変革により、従業者数が161万人減少するとされています。しかしこれは、生産年齢人口の減少+第4次産業革命の影響なので、純粋な第4次産業革命のみの影響が示されているわけではありません。
 なお、このビジョンでは、製造・調達分野で297万人の従業者の減少が見込まれているのに対し、プラスとなるのは、カスタマイズされた高額な保険商品の営業担当など低代替確率の営業販売が114万人増、高級レストランの接客係やきめ細やかな介護など低代替確率のサービスが179万人などとなっています。こうした分野が本当に増えるのか、米中新冷戦によって中国からのインバウンド消費などが減少していく可能性もあり、疑問に思わざるを得ません。富裕層向けビジネスの拡大は、第4次産業革命の直接的な効果というよりは、後述するように、第4次産業革命 → 二極化 → 富裕層の拡大、という流れの中で想定されることだと思いますので、これも切り分けた方がよいのではないかと思います(図表2)。

第4次産業革命で想定される社会

 人口構造的には人手不足が想定されるとしても、第4次産業革命によって、人間の行う仕事のかなりがICT、AI、ロボットなどに代替され、人間のする仕事は人間にしかできない高度な仕事か、機械にやらせるには費用が掛かりすぎる低レベルの仕事に二極化する、という予想が一般的となっています。もしそうなると、第4次産業革命が進展した社会の姿としては、ローマ帝国型社会、執事型社会、BS職中心社会というのが考えられるのではないかと思います。
 ローマ帝国型社会とは、働いているのは貴族と奴隷のみ、一般市民は小麦、現代であればベーシックインカムの支給を受けて生活する、という社会です。ローマ市民は、剣闘士による闘技や凱旋パレードなどの見世物で時間を過ごしていました(パンとサーカス)が、現代人は、社会奉仕活動など無償の仕事に従事することになるかもしれません。ベーシックインカムを賄うだけの税収を得ることができるのか、「大きな政府」となることにより、企業活動が委縮したり、政府がますます非効率になったりしないか、などといった点がカギになります。
 次に、執事型社会です。先述の富裕層向けビジネスで従業者が増加する、というのはこれにあたります。富裕層向けビジネスで働く人がどれだけいても、富裕層の満足に上限がなければ、いくらでも雇用の場を確保することができます。ただし、大多数の人々にとって、居心地の良い社会とはいえません。
 そしてBS職中心社会です。多くの人が企業で雇用されているけれどその大部分はどうでもいい仕事(BS職)に従事しており、本当に意味のある仕事をしている人は少数という社会です。いわゆる「働きアリの法則」は、働きアリの中で本当に働いているのは2割だけ、他のアリは実は右往左往しているだけ、というものですが、そういう社会ということです。今でも実はそうなのだ、という人もいます。

中間層の形成される社会をめざして

 こうして見ると、どれもあまり望ましい社会のようには思えません。やはり私たちが求めるのは、自らの勤労が成果につながり、それが評価されて、報酬に結び付く社会だと思います。
 いわゆる「失われた20年」において格差拡大が進み、中間層の縮小が指摘されてきました。第4次産業革命の下において、放っておけば本当に二極化が進むのであれば、中間層をどのように形成していくのか、二極化してしまってからでは手遅れですから、迅速に検討していかなくてはなりません。

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