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(浅井茂利著作集)2018年闘争にかける思い

株式会社労働開発研究会『労働と経済』
NO.1622(2018年1月25日)掲載
金属労協政策企画局主査 浅井茂利

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 金属労協は2017年12月、「3,000円以上」の賃上げをはじめとする2018年の闘争方針を決定しました。「3,000円以上」という賃上げ要求基準自体は、2016年、2017年と同じですが、その要求根拠は、これまでとはかなり異なっています。
 日本経済は、輸出入や海外直接投資なしに成り立ちません。世界経済は緩やかな成長を続けているものの、保護主義的傾向の高まりや北朝鮮情勢など変動要因が山積し、不確実性は一層高まっています。わが国経済が安定的かつ持続的な成長を遂げていくためには、国内外のさまざまな変動要因に耐えうる「強固な日本経済」を構築していくことが不可欠です。
 需要面では、個人消費が経済をリードし、底支えする体質に転換する、そして供給面では、第4次産業革命を積極的に推進し、産業の競争力強化を図っていくことが必要です。
 需給両面いずれにおいても、決定的に重要な役割を果たすのが「人への投資」です。「生産性三原則」を実践してマクロの生産性向上の成果を働く者に適正に配分し、賃金・労働諸条件の引き上げを図っていくことは、消費機会を拡大し、将来に対する安心感を高めて消費マインドを改善するとともに、職場全体のモチベーションを高め、労働力の質的向上を促し、第4次産業革命の大変化に対応した現場の推進力をより強化することになります。
 こうした観点に立って、2018年闘争では、「強固な日本経済の構築」に向けた「生産性三原則の実践」による「人への投資」の実現をめざしています。

生産性三原則の実践

 生産性の向上は、経済成長の源泉ですが、適正な成果配分がなければ経済成長にはつながりません。内需拡大がなければ、供給過剰や稼働率の低下、失業増をもたらすだけで、海外に販路を求めても、人件費ダンピングとの批判から、輸出先の保護主義や円高を招きかねません。
 「生産性三原則」は、①雇用の維持拡大、②労使の協力と協議、③成果の公正な分配、からなっていますが、「成果の公正な分配」については、「生産性向上の諸成果は、経営者、労働者および消費者に、国民経済の実情に応じて公正に分配されるものとする」とされています。マクロ経済レベルでの適正な成果配分が、生産性向上の大原則です。
 2017年度に関しては、実質GDP成長率が1%台半ば程度と見込まれており、このため就業者1人あたり実質GDP成長率は0.5%前後が想定されます。こうしたマクロの実質生産性向上の成果を、実質賃金の引き上げとして、着実に反映させていく必要があります。
 また、足許で0.5%程度となっている消費者物価上昇率を踏まえ、高度成長期以来の人手不足、堅調な企業業績、過去最高の自己資本比率など企業体力強化の状況なども勘案し、賃上げをはじめとする「人への投資」を適切に行っていく必要があります。
 一部の経営側からは、賃金水準の高さを指摘する声もありますが、労働分配率は中長期的に低下傾向が続いており、製造業の時間あたり人件費は主要先進国中で最低水準、単位労働コスト(付加価値あたりの人件費)は新興国よりも割安となっていること、などからすれば、高賃金という指摘は、根拠が乏しいと言わざるを得ません。
 2017年闘争では、JC共闘において、賃上げ獲得組合が回答引き出し組合の6割程度、中小組合で5割程度に止まっています。脆弱な企業体力や先行き不透明を理由に、あるいは、経営状況の如何を問わず、新興国・途上国との競争を理由として、賃上げに否定的な企業も見られます。勤労者に対する配分を抑制・削減すれば、短期的な利益は増加するわけですが、そうではなく、人件費を含めた付加価値全体の拡大を図り、それを適正に配分することが、企業の持続可能性の確保、永続的な発展にとって不可欠となっています。

「人への投資」による生活の安定と消費拡大

 消費拡大にとって必要なのは、恒常的な所得の増加と生涯所得の見通しの向上です。生涯にわたりその時々に必要な所得が得られる、生活の安定という前提なしに、安心して消費を拡大させることはできません。賃上げをはじめとする「人への投資」によって、将来の仕事や収入、働き方に対する安心感を高め、消費マインドの改善を図っていかなくてはなりません。具体的には、
*企業規模、年齢層、雇用形態を問わず、すべての勤労者に継続的・安定的賃上げ。
*職務遂行能力の向上を適切に評価し、生涯生活設計の描ける雇用・賃金・処遇。
*60歳以降の就労者に、豊富な経験に基づく仕事、労働の価値にふさわしい賃金・処遇。
*確定拠出年金の導入・拡充などを含め、退職金・企業年金の引き上げ。
*仕事の進め方、働き方を根本から見直して、「良質な雇用」を確立。
*出産・育児、看護・介護、病気治療により退職に追い込まれることのない体制・環境整備。
*実質可処分所得の着実な増加による、税・社会保険料引き上げに対する負担能力の強化。
などが考えられます。
 子育て世代や60歳以降の待遇改善、出産・育児、看護・介護、病気治療などへの対応強化は、その対象となる世代、直面している人々はもとより、若年世代を含めたすべての世代、すべての勤労者の安心感を高めることになります。

第4次産業革命推進に向けた「人への投資」

 「強固な日本経済」は、わが国の基幹産業たる「強固な金属産業」なしにありえず、「強固な金属産業」は「強固な現場」なしにはありえません。
 「現場力」は雇用の安定、適正な賃金・処遇、能力開発、そして職場のチームワークと職場全体のモチベーションがあってはじめて培われ、かつ最大限発揮されます。「人への投資」なしに、「現場力」を維持し、強化することは不可能です。低廉な人件費に頼った経営ではなく、研究開発投資、設備投資とともに、積極的な「人への投資」によって、プロダクト・イノベーション、プロセス・イノベーションを強力に推進し、高付加価値分野における比較優位を確保して、その結果として、利益率を高めていくべきです。
 第4次産業革命におけるICT、IoTやAI、ロボットなどを用いたデジタル化・インテリジェント化も、それを導入しただけで競争力に結び付くわけではありません。システム全体をどのように活用し、どのようにカイゼンを重ねていくかが競争力の源泉であり、「現場力」が決定的に重要となります。

バリューチェーンにおける「付加価値の適正循環」構築、大手と中小の格差是正

 金属労協の提唱するバリューチェーンにおける「付加価値の適正循環」構築は、資源、素材、部品、セットメーカー、販売、小売、メンテナンス・アフターサービス、ロジスティックといった各プロセス・分野の企業で適切に付加価値を確保し、それを「人への投資」、設備投資、研究開発投資に用いることにより、強固な国内事業基盤と企業の持続可能性の確保を図っていく取り組みです。
 第4次産業革命も、バリューチェーン全体での展開が不可欠であり、いかに強力な企業・人材を集め、取り込んでいくかが決定的に重要となっています。付加価値を適正に配分し、バリューチェーン全体で付加価値の増大を図り、その成果を働く者に適正に配分し、賃金・労働諸条件を引き上げ、あるべき賃金水準を確立していかなくてはなりません。
 2017年闘争では、平均すると中小組合の賃上げ額が大手を上回りましたが、取引先に対する価格の値戻し要請を労働組合から経営側に提案したり、産別・企連・大手組合がバリューチェーンを構成する企業の経営者、人事労務担当者、購買担当者に賃上げへの理解促進活動を行うなど、労使交渉の環境整備、労働組合の交渉力強化支援も展開されました。こうした動きをさらに広めていくことが重要となっています。
 金属産業の中小企業では、人材確保はもはや猶予を許されない状況にあります。人材が確保できないことから目をそらし、賃金の引き上げを抑制していれば、人材の流出によって、事業の継続が立ち行かなくなることにも留意しなくてはなりません。

「良質な雇用」の確立に向けた働き方の見直し

 金属労協では、わが国の経済力や、ものづくりにおける世界最高水準の技術・技能にふさわしい賃金・労働諸条件、働き方をめざす「良質な雇用」確立の取り組みを推進してきました。政府の施策を待つのではなく、産業・企業の労使自治の下で働き方の見直しを行い、「良質な雇用」を実現していくことが必要です。
 仕事の進め方や働き方の見直し、デジタル化・インテリジェント化などによる生産性向上の成果は、労働時間短縮や能力開発の時間などとして、勤労者にも適正に配分される必要があります。
 1日の労働時間は8時間以内が基本であり、恒常的な所定外労働は解消されるべきであること、週休日、国民の祝日とその振替休日、その他の休日を休日とする完全週休二日制が基本であること、年次有給休暇は完全に取得すべきものであること、などを改めて再確認し、そこを出発点として、1,800時間台に向けた労働時間短縮、ワーク・ライフ・バランス実現の具体的な議論を進めていくことが重要です。

非正規労働者の雇用の改善、賃金・労働諸条件の引き上げ、同一価値労働同一賃金の実現

 いわゆる不本意非正規労働者が多数存在する中で、日本の基幹産業として、非正規労働者の正社員化を積極的に進めていくことが不可欠です。労働契約法に基づく転換の場合も、単なる無期雇用化に止まらず、法を上回る対応を積極的に行っていく必要があります。一般的な正社員への転換を基本とし、短時間正社員や勤務地・職種限定正社員に転換する場合には、一般的な正社員への転換を可能な制度としていくとともに、転換後にどのような雇用形態であっても、「同一価値労働同一賃金」を基本とした均等・均衡待遇を確立しなければなりません。
 ちなみに、金属労協が「第3次賃金・労働政策」で提唱している「同一価値労働同一賃金」を基本とした均等・均衡待遇とは、性別、年齢、働き方、雇用形態、グループ企業内など、あらゆる勤労者の間で、賃金制度などの違いを超えて、知識・技能、負担、責任、ワーキング・コンディションを「同一価値の労働」の評価基準として、均等・均衡待遇を確立しようとするものです。
 労働組合が、組合未加入者も含めた非正規労働者の賃金・労働諸条件引き上げに取り組む動きが広がっていますが、2017年闘争での取り組み組合は、要求組合の3分の1程度となっており、その拡大を強力に進めることが必要です。
 人手不足や地域別最低賃金の引き上げを背景に、初任給やパート・アルバイトの求人賃金が上昇していますが、たとえば「生産工程の職業」の求人賃金は、有効求人倍率の急激な上昇に見合ったものとなっていないようです。産業の魅力を高め、人材を確保する観点や、労使の社会的使命として非正規労働者の処遇改善を図る観点から、企業内最低賃金協定の締結・引き上げの取り組みを一層強化していくことが不可欠となっています。 

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