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人権デュー・ディリジェンスと労働組合(2)

株式会社労働開発研究会『労働と経済』
NO.1678(2022年9月25日)掲載
金属労協主査 浅井茂利

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 労働組合は、これまでも働く者の人権の確保、ディーセント・ワークや「良質な雇用」の追求、公正な配分の実現、グローバル・バリューチェーンにおける中核的労働基準(結社の自由・団体交渉権、強制労働の禁止、児童労働の廃止、差別の排除、安全で健康的な労働環境)の確立、公正取引を含む産業の健全な発展に力を尽くしてきました。人権デュー・ディリジェンスの実施に際し、労働組合は人権の全般に関わっていかなくてはなりませんが、こうした取り組みを踏まえ、とりわけ以下の分野については、積極的な情報提供と意見反映を行っていく必要があります。

結社の自由・団結権・団体交渉権

 この欄で何度も取り上げましたが、日本企業の海外の現地法人やバリューチェーン企業において、労使紛争が頻発しています。争議行為それ自体は、労働組合と会社側の交渉が合意に至らない場合にこれを解決に導くための正当な手段です。会社側に比べ脆弱な労働組合の「交渉上の地歩」を補強し、労使対等の下での交渉によって適正な労働力の価格決定を行うために不可欠な仕組みであり、現地労使の交渉により解決するのが基本です。
 しかしながら、結社の自由・団結権・団体交渉権に関わる労使紛争が発生した場合には、そもそも労使対等の下での交渉という基本的な枠組みが機能していないことになりますので、「対応の遅れが是正を不可能とするような」侵害とならないよう、日本の労使が迅速な解決に向け支援していく必要があります。
 また迅速な解決が、組合員、従業員の人権確保につながることはもちろん、ブランドの毀損を防ぎ、バリューチェーンの持続可能性を高めることにも留意すべきです。
 国際労働運動のルートを通じて、中核的労働基準に関わる労使紛争の情報が寄せられた場合には、会社側まかせにせず、以下のような対応を行っていく必要があります。
*日頃より日本の労使間において、海外拠点における事業の状況、労働問題、労使関係について、情報共有を行っておく。
*労使紛争の情報が寄せられた際には、会社側に組合経由の情報を提供し、企業経由の情報と突き合わせを行う。双方の情報は異なるのが一般的なので、双方で再確認作業を重ね、事実関係を明らかにしていく。
*現地の労使交渉が途絶えている場合、行政や裁判所の判断を待っている場合には、迅速な解決に向け、行政や裁判所の判断を待つことなく交渉再開を促す。日本の労使、日本と現地の産別、金属労協などが連携し、解決の道筋を探っていく。
*現地の国内法が中核的労働基準を満たしていない場合、現地の行政や裁判所の判断が会社側を支持するものであっても、それが会社側の正当性を意味するものではなく、当該企業、さらには日本の本社に対する評価を棄損する場合があることを認識する。
*なお、海外現地法人ではなく、直接・間接の取引先において海外労使紛争が発生した場合も、日本の労働組合が積極的に関与すべき場合があることに留意する。
 中核的労働基準に関わる労使紛争は、日本人出向者や現地経営者の中核的労働基準への理解不足、労使対話の欠如、現地マネージャーの過度なコスト削減意識、労使双方のコンサルタントや弁護士によるあおり行為などに起因する場合が多く、また差別意識に根差したものかどうかにも留意する必要があります。
 結社の自由・団結権・団体交渉権を遵守すると国内法に違反する場合、たとえば、
*専制的な体制の国家などにおいて、特定のナショナルセンターに所属する団体しか、労働組合の結成が認められていない場合。
*産別などの結成が制限されている場合。
などには、国連「指導原則」を踏まえ、
*国際基準を遵守する方法を追求する。
*その状況のもとで、国際基準を「出来る限りぎりぎりまで」遵守する。
*その努力を行動によって立証する。
*国内法に従った場合には、国際法違反の責任を問われる場合もあることを認識する。
という行動をとる必要があります。
 外資系企業では、日本国内の企業が海外現地法人ということになるわけですが、外資系企業の母国の労使関係が「対立的」な傾向が強い場合、日本法人においても、会社側が労働組合に対して「対立的」でネガティブな姿勢をとる場合があり、注意が必要です。
 また、労働者の「組合非加入の権利」が認められている国の企業から、ユニオンショップ制などが問題視された場合には、組合非加入の権利が「国際的に認められた人権」ではなく、「人権デュー・ディリジェンス」を通じて企業にこれを求めることは適切ではないことを指摘する必要があります。

強制労働、児童労働

 専制的な体制の国家、人権抑圧国家、あるいは紛争地域においては、強制労働、児童労働が行われていることが少なくなく、そうした地域で産出された鉱物や生産された部材・製品の輸入、あるいは生産拠点を含むそうした地域での事業展開については、十分に注意する必要があります。
 「OECD紛争地域および高リスク地域からの鉱物の責任あるサプライチェーンのためのデュー・ディリジェンス・ガイダンス」、IRMA(Initiative for Responsible Mining Assurance)・・・責任ある鉱業保証イニシアチブなどを積極的に活用するとともに、自由世界で実施されている制裁措置に誠実に対応していくことが不可欠となっています。

外国人材、とくに外国人技能実習制度

  外国人材に関しては、一部を除いて労働組合への組織化が進んでいない状況にありますが、組織・未組織に関わらず、労働組合として、生命と人権の確保、「日本人が従事する場合の報酬の額と同等以上」など、同一付加価値労働同一賃金に則った適切な賃金・労働諸条件、良好な職場・生活環境の確保に向け、関与していく必要があります。
 外国人技能実習生や特定技能外国人については、母国の送出機関・仲介事業者に対して手数料や保証金を支払うために多額の債務を負い、あるいは契約期間の途中で離職・帰国ができないよう、莫大な違約金の取り決めをしている場合があります。これらは、日本の法律に違反するだけでなく、ILO中核的労働基準に違反する人身取引、債務労働、強制労働であるとの国際的な批判があります。
 外国人技能実習生や特定技能外国人と母国の送出機関・仲介事業者との契約をチェックし、実習生や特定技能外国人が、手数料や保証金として多額の債務を負い、あるいは莫大な違約金の取り決めをしている場合には、速やかにその解消を図り、解消されない場合には、当該の送出機関・仲介事業者を経由した実習生、特定技能外国人の新規受け入れを取り止めることが重要です。
 とくに外国人技能実習制度については、2017年11月の新しい制度導入以降も、実習生の失踪や労働法令違反の状況は改善の兆しを見せていません。技能実習1号(1年目)、2号(2、3年目)では、原則として実習先の変更(転籍)が認められていない仕組みとなっており、また本来は転籍が認められているはずの3号(4、5年目)についても、転籍の自由は2号から3号への移行時のみに限定されていることが、悪質な人権侵害、法令違反、低賃金などの温床となっているものと思われ、米国国務省の作成している「人身取引報告書」でも厳しく批判されています。たとえ送出機関、監理団体、受け入れ企業のすべてで法令遵守を徹底していても、自由な転籍を認めていない制度の活用自体が、人権侵害とみなされる可能性があることを認識しておく必要があります。
 また、新興国や途上国にある現地法人やサプライチェーン企業が、高度人材ではない外国人材を雇用している場合、①労働法制が脆弱であること、そして②外国人であること、という二重の意味で、人権侵害の発生リスクが増していることに留意する必要があります。

ディーセント・ワーク、「良質な雇用」

 当然のことながら、ディーセント・ワークや「良質な雇用」は、人権そのものです。人権デュー・ディリジェンスにおいて「ILO宣言」とともに「最低限」遵守すべきものとされている国連「国際人権章典」に基づき、ジェンダー平等、非正規雇用や外国人材の問題、企業規模間の格差なども含め、賃金・処遇制度、賃金水準、労働時間、その他の労働諸条件について、人権デュー・ディリジェンスからの検証が必要です。

公正な移行

 DX(デジタルトランスフォーメーション)の展開の中で、あるいは2050年カーボンニュートラルの達成に向けて、産業構造の転換が不可避となっています。こうした中で、いかに雇用を維持しながら新しい仕事への転換を図るか、これまでも労働組合として力を尽くしてきましたが、改めて人権デュー・ディリジェンスの観点から、再確認していく必要があります。
 OECD「ガイダンス」でも、「事業再編または工場の閉鎖を決定する場合において雇用への影響を軽減するため、個々の労働者よりも労働組合と関与することが重要である。なぜなら、労働組合結成と加入および団体交渉を行う労働者の権利は、国際的に認められた人権だからである」と記載されています。

公正取引

 世界人権宣言第23条に規定された「公正かつ有利な勤労条件」は、バリューチェーン全体で創出された付加価値が、バリューチェーンを構成する各企業に公正に配分されてはじめて実現するものと言えます。わが国では、
*中小企業については、実質(物的)生産性が向上しても、これが価格の引き下げの原資とされてしまい、名目(付加価値)生産性の向上に結び付かない。
*企業規模の大小による賃金格差が主要国の中で、飛び抜けて大きい。
ということがあり、これは経済問題であると同時に、人権問題でもあることを意識していく必要があります。

対外経済関係

  ロシアのウクライナ侵攻、中国の新疆ウイグル自治区における強制労働、ミャンマーにおける軍事クーデターとこれに反対する市民への弾圧など、専制的な体制の国家における人権抑圧が強まる傾向にあります。そうした国々に対し、国際社会が連携して経済制裁を発動する場合には、企業もこれを遵守することが不可欠です。専制的な体制の国家における企業活動自体が、専制体制や人権抑圧への「加担」と判断される可能性があることに留意する必要があります。また、こうした国々に日本から従業員が出向し駐在している場合、突如、根拠なく逮捕される危険性もありますので、出向者の安全確保に最大限、注力していく必要があります。労働組合としても、ITUCや、インダストリオール・グローバルユニオンなどのGUFなど、国際労働運動の動向を十分に認識しておく必要があります。
 日本を含む先進国が保有する高度な製品や技術が、大量破壊兵器の開発を行っている国家やテロ組織などに渡れば、軍事的な脅威が増大し、平和と安全そして人権が危機にさらされることになります。企業にとっても、こうした取引にまき込まれれば、国内外からの批判とイメージの悪化によって業績が落ち込み、企業の存続に関わる状況に追い込まれる可能性もあります。こうした事態を未然に防止するため、各国は協調して「安全保障貿易管理」の仕組みを整備し、輸出規制が行われています。
 中小企業などでは、関係法令の知識不足や経営資源の問題などにより対応が進んでいない状況にありますが、一般的に想像される以上に規制の範囲は広く、また、現在の国際情勢の下で、規制はさらに強化されていくものと想定されます。企業の認識不足によって、輸出業務を担当する国内の従業員、先進国に駐在する出向者が安全保障貿易管理違反で罪に問われることのないよう、企業として、厳正かつ迅速な対応に努めていくことが不可欠となっています。
 なお、わが国の経済安全保障法制では、基幹インフラ事業者以外の企業に関するサイバーセキュリティー対策の検討が進んでおらず、企業として、米・英・加・豪・NZなど各国で行われている対策を踏まえ、これに対応していく必要があります。

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