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(浅井茂利著作集)米中新冷戦の下、日本企業はグローバル市場をリードせよ

株式会社労働開発研究会『労働と経済』
NO.1636(2019年3月25日)掲載
金属労協政策企画局主査 浅井茂利

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 アメリカのペンス副大統領は2018年10月4日、ハドソン研究所において、対中国政策に関する重要演説を行いました。この演説は、トランプ政権の政策を示したものというよりは、「オール・アメリカ」の長期的な戦略を示したもの、「米中新冷戦」の開始を告げるもの、と受け止められています。対中国輸出の減少なども始まっており、当面はわが国経済に対してマイナスの影響も出ていますが、中長期的な観点で見れば、マイナスの部分ばかりではないだろうと思います。米中新冷戦は、四半世紀ぐらい続くことになるかもしれませんが、この間、日本企業はバブル崩壊以降に失われたグローバル市場における主導権を取り戻していく、そうした戦略を採っていくことが重要です。

ペンス米副大統領の重要演説

 ペンス副大統領の重要演説の主要点は次のようなものとなっています(海外ニュース翻訳情報局による翻訳に浅井が一部編集したもの)。
*我々は、中国の貿易慣行に対応しつつ、自由で公正かつ互恵的な中国との経済関係を引き続き要求していきます。我々は、我が国の経済を開放したのと同様に、中国が貿易障壁を撤廃し、その義務を果たし、経済を完全に開放することを要求します。
*我々は、米国の知的財産の窃盗が完全に終了するまで、中国政府に対して行動を続けるつもりです。そして、中国政府が強制的な技術移転という略奪的な慣行を止めるまで、引き続き断固とした態度をとるでしょう。我々は米国企業の私有財産権を保護します。
*自由で開かれたインド太平洋というビジョンを前進させるために、インドからサモアに至るまで、地域全体で価値観を共有する国々との間に、新たなより強固な絆を築いています。
*我々は、中国の借金漬け外交に代わる公正で透明な選択肢を外国に与えるでしょう。
*我が国の利益を守るために、我々は外国投資委員会であるCFIUSを強化し、国家安全保障を中国の略奪行為から守るために、米国への中国の投資に対する我々の監視を強化しました。
*そして、米国の政治・政策に対する中国政府の悪意ある影響力と干渉については、それがどのような形であろうと、引き続き暴露していくつもりです。
*我々がここに集まっているように、アメリカ中に新しいコンセンサスが生まれています。知的所有権を放棄したり、中国の抑圧を助長したりすることを意味するのであれば、さらに多くの企業家たちが、中国市場に参入することについてためらっています。しかし、もっと多くの人がこの後に続かなくてはなりません。
*米国全土で、米国国民は警戒心を強めており、米国政府の行動と、中国との経済・戦略的関係をリセットする大統領のリーダーシップに対する新たな感謝の意を表しています。
*そして、トランプ大統領のリーダーシップの下、アメリカは最後までやり遂げると断言します。中国は、米国民と両党の選出された代表が決心したことを知るべきです。
*大統領は、我々の繁栄と安全が共に成長する中国との建設的な関係を望んでいることを明確にしました。中国はこのビジョンからさらに遠ざかっていますが、中国の支配者たちが、方針を変更し、数十年前のこの関係の始まりを特徴づけた改革と開放の精神にまだ戻ることはできます。アメリカ人はこれ以上何も望みません。中国国民には計り知れない価値があります。

米中新冷戦の幕開け

 この重要演説を読むと、米中の対立は、
*単なる貿易戦争ではなく、経済体制、政治体制、安全保障、同盟関係、イデオロギーなどを含めた全面的な「米中新冷戦」。
*トランプ大統領の政策というよりは、共和・民主両党はもとより、政界・経済界全体のいわば「オール・アメリカ」の合意によるもの。
であることがわかります。東西冷戦の幕開けを宣言したのは、イギリスのチャーチル前首相(当時)の「鉄のカーテン」演説(1946年)だそうですが、今回のペンス演説はこれに匹敵するもの、ソビエト連邦崩壊(1991年)以降の世界の枠組みを変更するもの、とみなされています。
 これに対して、日本が米中の間を取り持つ役割を果たしてはどうか、などという人もいますが、中国が独裁国家であることを忘れていると言わざるを得ません。民主国家と民主国家の対立であれば、その間を取り持つのはわが国の重要な役割であると思いますが、独裁国家と民主国家の対立であれば、民主国家であるわが国としては、 100%民主国家の側にあらねばなりません。
 また、中国の情報通信技術の発達により、アメl)カの原子力空母ロナルド・レーガンやカール・ビンソンなどが一瞬にして無力化されかねない状況となっていることからすれば、アメリカにとって妥協はあり得ないということも、強く意識しておく必要があります。
 米中両国は現在、強制的な技術移転、知的財産権の保護、サイバー攻撃など5分野について交渉を行っています。アメリカの長期的な利益には興味がないトランプ大統領としては、何らかの成果を求めるものと思われますが、たとえ合意がなされた場合でも、基本的な対立構造を解消するものにはならないと見られています。
 経済同友会の小林喜光代表幹事は、2018年12月11日の記者会見における米中新冷戦に関する質問に対して、
*将来に繋ぐにあたり最も重要な(課題の)一つだ。日本政府が、セキュリティを考えて政府調達を行うとの方針を決めると、ソフトバンクなど携帯電話大手も(その方針で)対応する方向になっている。日本外交において、米国を最も重要視しつつ、中国とも上手く付き合い、コーディネーションをするということは、そう簡単ではないだろう。
*セキュリティ関連については、安全保障上、日米安保条約という方向に行かざるを得ない。中国がどう孤立するか。欧州、オーストラリア、ニュージーランドも5G(通信網構築に関して)ファーウェイを入れないという方向は、非常に象徴的だ。
*日本も中途半端にコーディネーションするレベルではなく、日米安保条約の中で中国、韓国、北朝鮮を捉えていく必要がある。ジオポリティクスそのものであり、それがジオエコノミクスと絡んでくる。(今回の)政府方針は、日本政府も覚悟を決めてやるという表現ではないか。
*テクノロジーも政治も含め、データ独裁主義でサイバーセキュリティ法を有する中国とは相容れない。向こうが妥協するのを待つしかなく、それ以外の道はないと思う。
と発言されていますが、そうした方向での対応しか考えられないだろうと思います。

当面、世界経済は成長鈍化

 米中新冷戦を受けて、日本から中国への輸出はすでに減少に転じていますが、世界経済も成長鈍化の状況となっています。世界銀行の世界経済見通しにより、ペンス演説前の2018年6月時点の2018年の成長率予測と、演説後の2019年1月時点の2019年の成長率予測とを比べてみると、世界経済全体では、3.1%から2.9%へ、0.2ポイント鈍化することが見込まれています。アメリカは0.2ポイント、中国は0.3ポイント、日本は0.1ポイントの鈍化の見通しとなっていますが、ユーロ圏は0.5ポイントの鈍化で、米中日よりも影響が大きい状況にあります。後述するようにドイツなどでは、中国の成長に寄り添った成長軌道を描いていたので、打撃が大きくなっているのではないかと思われます。これに対して低所得途上国では5.7%から5.9%へ、逆に0.2ポイントの拡大が見込まれるところとなっています。

経済活動の枠組みが激変する

 「米中新冷戦」の展開に伴い、経済活動の枠組みが激変することになります。企業としても、従来のビジネスモデルが通用しなくなりますので、事業活動の再構築が不可欠となっています。サッカーをしていたら、急にラグビーになったようなものですが、サッカーに戻そうとしても仕方がありません。ラグビーになった以上は、ラグビーのルールに早くなじんでプレーした者が勝者となります。
 ルールの変更としては、
①グローバル市場において、中国企業の活動に枠がはめられる。
②中国市場において、自由で開かれた国々の企業の活動に枠がはめられる。
というふたつの側面が考えられます。成長力の大きい中国市場で制約がかかることは、日本企業にとって打撃が大きいと考える人がいるかもしれませんが、中国が貿易黒字であることからすれば②よりも①の影響のほうが大きいことは明らかで、過度に悲観すべきではありません。
 そもそも中国市場の成長の前提は、「改革開放」であって、習近平政権の成立以来、これは損なわれてきていますので、米中対立がなくとも、成長の大幅鈍化は不可避であっただろうと思います。
 政府発表の成長率がどうであろうと、実際にはマイナス成長に転じることになったとしてもおかしくはありません。
 自由で開かれた国々の企業としては、グローバルなバリューチェーンの再構築が必至の状況となっています。中国企業に委ねていた分野については、自社での開発・生産や、欧米系企業からの調達に切り替えを行っていくことになります。
 華南米国商工会議所が2018年10月上旬に行った調査によれば、中国南部に進出した企業219社(米国企業45%、その他の外国企業21%、中国企業34%)のうち、約7割が中国への投資を見送り、生産ラインの一部か全部を中国から東南アジアなどに移転する計画を検討しているとのことです。中国に置いていた生産拠点を日本に戻したり、東南アジアや南アジア、あるいは大消費地であるアメリカやEUなどに移転する動きが加速するものと考えられますが、こうした生産拠点の移転に伴い、設備投資関連需要が急速に拡大することになるものと思われますので、日本の工作機械メーカーなどにとっては大きなチャンスです。
 また日本企業も欧米系企業も、中国企業との協力関係を強化してきましたが、当然その見直しが不可避となります。中国企業と協力関係にあった欧米系企業は、その代わりのパートナーとして、日本企業との関係強化を行っていくことが見込まれます。ドイツが官民一体で進めているインダストリー4.0は、もともとはドイツが情報通信技術を駆使した高性能の工作機械を中国に売り込んで、日本のものづくり産業に対抗しようとするものでしたが、米中新冷戦により、日独企業の連携に力が注がれています。
 わが国産業・企業は、東西冷戦の終結によるグローバル経済化とバブル崩壊によって、総額人件費削減を至上とする思考パターン、行動スタイルに陥り、国際競争力の弱体化、市場における存在感の希薄化を招いてきました。米中新冷戦を契機にこうした思考パターン、行動スタイルから完全に脱却し、もってグローバル市場の主導権を取り戻していくことが重要です。

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