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(浅井茂利著作集)2017年闘争を振り返る

株式会社労働開発研究会『労働と経済』
NO.1616(2017年7月25日)掲載
金属労協政策企画局長 浅井茂利

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 2017年闘争もおおむね集約に至っており、金属労協では去る5月30日、「2017年闘争評価と課題(中間まとめ)」を発表しました。今春闘では、いままでと異なる特徴的な点がいくつかあげられますが、来年以降の闘争に非常に大きな影響があるものと思われますので、ここで改めて整理したいと思います。

賃上げの裾野が広がった

 2017年闘争では、5月下旬時点の集計で、JC共闘全体で1,417の組合が(賃金構造維持分を上回る)賃上げを獲得しました。2014年闘争以降の4年間では、一昨年の2015年と並び最も多い組合数となっています。昨年同時期との比較では、 15組合上回っているだけですが、2年サイクルで取り組み、今年は賃上げ交渉を行わない組合もあるので、それを考慮するとかなりの増加と言えます。産別からの報告によれば、4年目の取り組みで初めて賃上げを獲得した組合もあり、賃上げの裾野が広がったと言えます。
 一方で、次のような点が、課題として挙げられると思います。
*賃上げ要求組合が2,155組合に止まり、4年間で最も少なかったこと。
 前述のように、2年サイクルで取り組んでいる組合があるため、もともと奇数年は少なくなるのですが、一昨年に比べても減少しています。
*賃上げ獲得組合が、回答引き出し組合の6割程度に止まっていること。
 回答引き出し組合に対する賃上げ獲得組合の比率は、5月下旬時点で、2014年58.1%、2015年64.1%、2016年58.8%、2017年59.4%と推移しており、昨年をやや上回っているものの、おおむね6割程度という状況は変わっていません。とりわけ、組合員規模299人以下のところは51.7%に止まり、昨年よりはやや改善していますが、5割程度という状況が続いています。
 ちなみに、全構成組合に対する比率では、規模計で43.5%に止まっています。4年間でいまだ賃上げ獲得に至っていない組合もあり、全組合での賃上げ要求・獲得に向けた、一層の対応強化が必要となっています。

中小組合の賃上げ額が大手を上回った

 今春闘の最大の特徴は、組合員299人以下の中小組合の賃上げ額が、同1,000人以上の大手組合を上回ったことだろうと思います。5月下旬時点で、全体平均1,227円、大手組合1,125円、中堅組合(同300~999人)1,097円、中小組合1,302円となっており、底上げ・格差是正の流れをより前進させることができました。
 こうした結果は、
*人手不足を背景に、中小企業労使が、賃上げによって人材確保や生産性の向上などの課題解決に取り組むという、より主体的な議論を行ったこと。
*賃金水準を重視した取り組みや、各組合の賃金プロットの分析に基づく取り組みを行ったこと。
とともに、バリューチェーンにおける「付加価値の適正循環」構築の観点に立って、産別や企連、大手組合がバリューチェーン企業の経営者、人事労務担当者、購買担当者に対する賃上げへの理解促進活動を行ったり、取引先への価格の値戻し要請を経営側に提案する活動を行ったことなどが、資本関係や取引関係による制約を受けずに中小企業労使が判断を行っていく、雰囲気づくりの役割を果たしたものと思われます。
 ただし、先述のように、中小組合における賃上げ獲得比率は5割程度に止まっています。中小企業では、賃上げに対する「社会的要請」を踏まえながら、労使の主体的な判断の下で賃上げを実施しているところ、4年間における賃上げの裾野の広がりや人手不足の深刻化を受けて、賃上げに踏み切る企業などが増えてきている一方、脆弱な企業体力や先行き不透明、物価が上昇していないことなどを理由に、賃上げにうしろ向きの姿勢を取り続けている企業も少なくなく、また、経営状況の如何にかかわらず、グローバル経済下における新興国・途上国との競争を理由に賃上げに否定的な企業も見られます。
 「強固な日本経済の構築」「勤労者生活の安心・安定の確保」のためには、賃金・労働諸条件の引き上げ、底上げ・格差是正の流れを続けていくことが不可欠です。今後、引き続き企業の社会的な役割・責任の観点を強調していくとともに、金属産業において新たな成長分野が拡大し、また第4次産業革命が急速に進展する中で、バリューチェーン全体の現場力強化が決定的に重要であることなどについて、経営側への浸透を図り、すべての組合において、すべての働く者に対し、賃金・労働諸条件引き上げを行っていく環境整備を強化していく必要があります。
 さらに、本格的な賃金格差是正を進めるためには、賃金水準を重視した取り組みが不可欠です。賃金制度のないところは賃金制度を整備する、賃金データの共有化を図る、など労働組合として態勢強化を図るとともに、賃金水準重視の取り組みについて、経営側および社会的な理解促進を図っていく必要があります。
 ちなみに、バリューチェーンにおける「付加価値の適正循環」構築の取り組みとは、資源、素材、部品、セットメーカー、販売、小売、メンテナンス・アフターサービス、ロジスティックといったバリューチェーンの各プロセス・分野の企業で適切に付加価値を確保し、それを「人への投資」、設備投資、研究開発投資に用いることにより、強固な国内事業基盤と企業の持続可能性の確保を図っていこうとするものです。経営側に対する理解促進活動や、産別や企連、大手組合による、中小組合の交渉力強化の支援の活動を引き続き拡充するとともに、労働組合として、業界団体の作成した「適正取引自主行動計画」の遵守状況について、購買側・納入側の両方の立場から、職場レベルでのチェック活動を推進し、商慣習の見直しなどについても検討を行っていくなど、今後さらに取り組みを本格化させていくことが重要です。

賃上げと消費

 2017年闘争で引き出した回答は、要求をそのまま満たすものではありませんが、4年連続となる継続的な賃上げを実現し、経済の緩やかな成長を下支えしていくものと思われます。しかしながら、2014年以降の賃上げにもかかわらず、消費回復に結び付いていないのではないか、という指摘があるのも事実です。
 たしかに家計調査ベースでは、なかなか消費回復が進んでいないようですが、たとえば内閣府の消費動向調査を見ると、消費者意識指標「収入の増え方」などは趨勢的に改善してきており、2017年の結果もこれに寄与していくものと思われます。また経産省の商業動態統計「小売業販売額指数」を見ると、2017年4月には、消費税率引き上げ直前の駆け込み需要のあった2014年3月を除くと、データを遡れる2002年以来、最高の水準となっています。
いずれにしても、消費の回復に向け、勤労者が安心して消費を行えるよう、継続的・構造的な環境整備を行っていく必要があります。大手と中小、正社員と非正規労働者を問わず、勤労者すべての賃上げと労働諸条件の引き上げ、底上げ・格差是正を継続的に実現していくことはもとより、子育てや引退後を見据えた将来不安の払拭に向け、子育て支出を賄える賃金の確保、社会保障制度の持続可能性確保、確定拠出年金の充実なども重要な視点となっています。

非正規労働者の賃金・労働諸条件の引き上げ

 非正規労働者に関する取り組みについては、5月下旬の時点では、まだ全体の状況を把握していませんが、大手組合の回答引き出し状況や、産別からの報告によれば、かなりの成果を上げているものと判断しています。特筆すべきは、労働組合が組合未加入者も含めた非正規労働者の賃金・労働諸条件引き上げを要求・要請し、経営側も、組合員に対する回答と同時点で、これに回答するということが、労使交渉・労使協議において定着してきているということです。労使交渉・労使協議の対象としない場合であっても、別途、話し合いを行うなど、労働組合として、非正規労働者の賃金・労働諸条件に関与する動きが広がってきています。
 当初は、非組合員である非正規労働者の賃上げ要求を行っても、法的に差し支えないのだという理解を共有化することから始まったわけですから、2014年闘争以降、4年間における大きな前進であることは間違いありません。
 直面する大きな課題としては、「同一価値労働同一賃金」の確立、および有期雇用労働者の無期転換の問題があります。
 政府は、「同一労働同一賃金」に向けた法整備を進めていますが、金属労協では、「第3次賃金・労働政策」で提唱した「同一価値労働同一賃金」を基本とした均等・均衡待遇を掲げています。
*正社員、非正規労働者とも賃金表を作成し、習熟による職務遂行能力の向上を賃金に反映させる。
*高卒直入の正社員の初任給と、未経験の非正規労働者の入口賃金を同水準とし、その後の賃金水準について、知識・技能、負担、責任、ワーキング・コンディションを反映した合理的なものかどうか、つねにチェックする。
*賃金・一時金だけでなく、労働諸条件全般にわたって、均等・均衡を確立する。
*同一の基準で給付すべきものについて不当な差別的取り扱いがないようにチェックする。
などを内容とするもので、正社員と非正規労働者だけでなく、性別、年齢、雇用形態、グループ企業内など、あらゆる勤労者の問における不合理な格差を解消するためのツールとすることができます。
 有期雇用労働者の無期転換については、各産別・組合において状況の掌握を進めていますが、転換制度の周知徹底を図るとともに、雇止めが発生しないよう、とくにコンプライアンスの観点から注意喚起を行っていく必要があります。
 また、正社員と区別された無期雇用労働者に転換することのないよう、一般的な正社員への転換を基本に取り組んでいくとともに、いわゆる多様な正社員、限定正社員の制度を適用する場合には、雇用の安定と、同一価値労働同一賃金を基本とした均等・均衡待遇が確立されるよう、労使協議を進めていく必要があります。

生産性三原則

 2017年闘争では、大手経営側の一部から、2014年闘争以降、4年間の継続的な賃上げによる人件費負担の重さ、あるいは賃金水準が同業他社などに比べ高いことを理由とし、継続的な賃上げに消極的な姿勢が見られました。この間の趨勢的な企業業績の改善、自己資本比率など企業体力の向上、労働分配率の動向、わが国製造業の人件費水準が主要先進国では最低レベルにあり、ユニットレーバーコスト(付加価値あたり人件費)では、中国など新興国をも下回る状況となっていることなどからすれば、全体としては、企業が賃上げに対応できない状況ではないものと思われますが、今後、こうした主張が繰り返されないようにしていくことが不可欠です。
 そうした点で、雇用の維持・拡大、労使の協力と協議、成果の公正配分という「生産性3原則」に則り、大手・中小を問わず、勤労者の実質賃金の維持、勤労者に対するマクロの付加価値生産性向上の適正な成果配分の確保が必要であることについて、社会的合意、社会的基盤を再構築していくことが必要となっていると言えます。


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