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賃上げの参考書(7)市場経済原理の下での適切な賃金・労働諸条件決定に向けて②

2024年5月27日
一般社団法人成果配分調査会代表理事 浅井茂利

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<概要>

*市場経済を有効に機能させるためには、商品・サービス市場、金融市場、労働市場のそれぞれにおいて、市場参加者の対等性が確保されるだけでなく、3つの市場が対等であることも重要である。

*資本主義体制、株式会社という制度の下では、金融市場が最優位にあるようなイメージがあるが、3つの市場が対等でなければ、市場経済に歪みが生じてくることは避けられない。

*労働市場に比べて商品・サービス市場が優位であった場合、低賃金を前提とした価格設定が行われ、労働者の働きに見合った配分が行われず、その結果、需要不足・供給力過剰が発生し、それが人員整理・賃金引き下げを招くという悪循環が生じる。

*労働市場に比べ金融市場が優位にある場合、人員整理や賃金削減によって企業の利益が捻出されるようになり、これもまた、働きに見合った労働者への配分の欠如を招くことになり、一方で、利益に見合って配当や役員報酬、幹部社員の賃金は引き上げられていくので、格差が拡大していく。

*金融市場が最優位にあるかのようなイメージは、いわゆる「株主資本主義」の影響だが、株主資本主義は絶対的なものではないし、これによって企業の競争力が高まったのかどうかはきわめて疑問である。株主の長期的な利益は、会社の利害と一致し、ひいては従業員の利益とも一致するが、株主資本主義では株主の短期的な利益を追求する傾向があるので、会社の利害とは必ずしも一致せず、企業の弱体化を招きかねない。

*グローバル経済化によって、途上国・新興国の労働者の生活は向上したが、一方で、格差が拡大し、人権侵害がクローズアップされるようになってきた。対立的労使関係が広がり、ILO(国際労働機関)の中核的労働基準の中でも最も重要な「結社の自由・団体交渉権」を会社側が侵害する事例が多発している。日本国内でも、海外からは「強制労働の禁止」に反するものとみなされている「外国人技能実習制度」で約40万人が働いており、新しい「育成就労制度」も人権面での改善が期待できるものとなっていない。

*このような格差拡大や人権侵害は、社会の分断を強く意識させ、グローバル化や市場経済に対する反発を呼び起こすこととなったが、DX、GXという大変革時代において、人材、人的資本の重要性が再認識され、また、米中新冷戦で自由主義・民主主義陣営の結束強化の必要性が強く認識されるようになったことなどにより、株主資本主義からステークホルダー資本主義へ方向転換の動きが見られるようになった。

*「人権デュー・ディリジェンス」は、企業がステークホルダーとの情報交換や協議を通じて企業活動における人権侵害を撲滅する仕組みであるが、企業活動において、株主が、そして株主総会が万能でないことを如実に示すものである。

*2019年には米国の経営者団体であるビジネス・ラウンドテーブルが「企業の目的に関する声明」を、2020年には世界経済フォーラムが「ダボス・マニフェスト2020」を発表し、顧客への価値の提供、従業員への投資、サプライヤーとの公正で倫理的な取引、地域社会への支援、株主への長期的な価値の創出といった項目を掲げ、企業、地域社会、そして国や世界のために、すべてのステークホルダーに価値を提供することを約束している。

*こうした「ビジネスと人権」およびステークホルダー資本主義という流れは、金融市場最優位の状況から、労働市場の位置づけを高め、3つの市場の対等性を確保する動きであると言える。

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