体験の継承 30年問題をどう乗り越える!?

阪神・淡路大震災から28年が過ぎて、30年限界説が囁かれ始めました。30年で被災体験が語り継がれなくなる、体験が風化していくというのです。あの体験が忘れられてしまうという危機感がじわっと広がっているようです。

私は教員生活の後半は主に防災を教えてきましたが、一番長いキャリアは英語教師です。私が英語教師だったことは今では誰も信じてはくれないのですが・・・。大学で中学校と高校の英語免許の取得を目指していた頃、外山慈比古という言語学者に出会い(本で、です)、時々、彼の本を読んで納得していました(分かった気がしていただけですが)。知の巨人と呼ばれる外山慈比古は、文学作品は30年を経て古典になるといいます。5年や10年は短すぎるのです。25年でもまだ足らないそうです。30年なのですね。

なるほど、30年も経てば、流行は変わります。誰もが読んだ本も捨てられます。残るのはごく僅かです。忘れられるのは残る力のない文学作品なのでしょう。一方で、100年、200年という時間を経て、新たな意味を付け加えられる文学作品もあります。作者が亡くなってから、時間を経て評価される作品もあります。もしかしたら、芥川賞や直木賞、ノーベル文学賞の中にも忘れられる作家と作品があるのかもしれませんね。

災害体験が残らないとしたら、それは古典になるような力を持たず、流行にすがった伝え方をしてきたからかもしれません。ありきたりの道徳的な価値の押し付け、聞き手の涙を誘うために悲しさや辛さだけを殊更に伝える手法、子どもの時に被災して辛かったけど乗り越えて頑張って体験を語って社会に貢献したいという、マスコミと教育によって作られた美しい物語。こんなことを続けていたら、30年で忘れられてしまうのも仕方がないと思います。

30年を超えても伝え続けられる方法を、教育は本気で考えなければなりません。防災のシンポジウムや災害体験の語り継ぎの会を開いても、関心を持つ人しか集まりません。関心のない人に伝えないと、30年で忘れられるのは仕方がないでしょう。どうすれば30年を超えられるのでしょうか。学校教育しかないと思います。それも綺麗な道徳的価値で固めた防災教育や災害体験の語り継ぎではなく、教育や道徳が隠したい事実、個人の揺れる思い、聞く人の戸惑い、そんな揺れる感情、思考も伝えたいと思います。悉皆で防災を学ばせることができるのは学校教育しかないのですから。

災害体験の語りには、いくつかの要素が必要です。まず、被災者の存在。そしてその方が語る事実、体験、教訓の存在。つまり語り手と語られる内容の存在です。でもそれだけでは語りは完結しません。そこに、聞き手が存在しなければならないのです。語りは、読み手を必要とする文学と同じです。文学は作者と作品だけによって評価されていた時代に、外山慈比古は、文学作品には読み手の存在が大切だと主張した最初の人間かもしれません。災害体験の語りにも、語り部とその体験だけではなく、聞き手が必要です。その存在がない語りは、誰にも伝わりません。そして、聞き手の感性が大切なのだと思います。聞き手に、ああしろ、こうしろ、こんな風に解釈しろ、という防災教育は多いのですが、それではだめだと思います。聞き手の自由度を許す語り、それを防災教育に取り込みたいですね。

本を読んで、作者が伝えたいことをそのままみんなが理解するわけではありません。読み手・聞き手は、自分の生活体験や嗜好、思考、志向、そして信念などをもとに、伝え手(作家や語り部)が伝えてくれる内容を自分なりの解釈をして、自分の中にすとんと落とし込むのです。同じ被災体験を聞いても、聞き手によって解釈は違うはずです。聞き手の生活歴、経験の積み重ね、人生観が違うからです。教育は、同じ解釈を押し付ける癖を持っています。そんな陳腐な教育がまかり通るから、30年で伝わらなくなってしまうのでしょう。

文学作品を読み手が受け止める、震災体験を聞き手が受け止める、そういった関係が、実はとても大切なのだと思います。送り手ではなく、受け手の感性が、文学でも、被災体験でも大切なんですね。防災教育は、価値を押し付ける教育ではなく、聞き手の感性にゆだねる教育であってほしいと願っています。

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