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言語とその含意―政治思想研究の変容⑤(Languages and their implications: the transformation of the study of political thought)

30 次に、以下のことをを仮定してみよう。過去の思想において発見された含意(the implications uncovered in the thought of the past)が、われわれ自身がそうするより前に明らかにされたことは決してなかったとわれわれが断言したい、と。つまり、著者自身が意識していない、少なくともわれわれが著者のパラダイム的状況を提示するために用いる(パラダイム的に確定した)言葉(the (paradigmatically determined) terms)で言い直せば、以前には気が付かれていない(not been noticed)あるいは記述されていない(described)著者のパラダイム的状況とそれに対する彼の反応について何かしらわれわれは知っていると主張しているのだと。われわれが記述するパラダイム的状況がどれほど長く持続していたと言われるかは、二次的考察である。われわれは単に、上記で記述された種類のような歴史(学)的解釈(再現)を行なっているのだと言えるかもしれない。あるいは、われわれは新たなパラダイム構造を発見し、過去におけるその存在を明らかにしたと言えるかもしれない。われわれは著者の思想の新たな解釈を示唆するパラダイム構造を打ち立てたと言えるかもしれない。しかし、中国の事例のように、パラダイムが歴史的に存在していたと言い得るかどうか、あるいは、その解釈が歴史的仮説として提唱できるかどうかということについては、われわれは不確かであると言えるかもしれない。対して、そのようなことは事実ではなく、われわれは歴史家として(qua historian )全く解釈(figuring)していないのだと確信することさえあるかもしれない。あるいは、政治思想のパラダイムとそれらの機能に関していくらかの一般的規則や「法則」を打ち立てたと言えるかもしれない。そして今度はそれを、規則的な事象(regular occurrence)を切り離し、且つ、予測する仮説のようなものとして、また、過去のモーメントにおける著者とそのパラダイム的状況に関する歴史的仮説の典拠として提示しよう。歴史家はーそれは誰かが表現したように、producerではなく一般的法則のconsumerである(21)ーある一般的法則が果たし得る二つの機能のうち後者[過去のモーメントにおける著者とそのパラダイム的状況に関する歴史的仮説の典拠]に対して主に関心を抱く。だが、歴史家はこれらすべての作用を正統なものとみなすだろう。

31 こうした種類の「法則」や一般的仮説というのは、範疇としての政治的言説のパラダイムに関する言明となるであろう。すなわち、パラダイムが特定の状況の下で生じ、機能し、変化する仕方のことである。そのような言明を提示するにあたって、われわれは以前論じた「言語の政治学」*6という観念に戻ろう。また、パラダイムを、パラダイムが存在していると見なされる特定の、だが一般化された一連の条件と結びつけよう。その結果、歴史叙述やその他の社会科学の広く認められているパラダイムを考慮すれば、以下の二つの事柄が実質的に避けられない。
すなわち〔第一に〕、「社会的」条件の下に存在するものとして、また、パラダイムを用いる人々や習慣的に用いる可能性のある人々の「社会的」立場との関係で理解できるものとして政治的言説のパラダイムについてわれわれ自身が語っているとわれわれが気づくこと。また〔第二に〕、パラダイム、概念、観念、発話は、それらとは無関係な何かと同じように、社会構造に関する我々の知識によって厳密に制御されているものとして理解されなければならず、このようにそれらを理解しないことは、「観念論(idealism)」、「誤った意識(false consciousness)」、「抽象性(abstractness)」、「非現実(unreality)」、知的な罪(intellectual sin)を表すその他の様々な用語、といった罪を犯していると断言する同職者にわれわれ自身が対峙することになるだろうということ。ここでは、観念論者と唯物論者の二項対立や、以前に論じた還元の問題にわれわれが立ち戻っていることは明らかである。われわれが行なっていることに関する非常に注意深い定義がいくつか必要になってきた。この論文で論じた技法は、政治的言説が行われてきたパラダイム言語(paradigmatic languages)を特定し、探求するための技法である。それらが果たす修辞的、政治的、知的機能を特定すること、そしてそれらが含み、政治的な会話が続くなかで作用し、明示的になりうる含意や暗示を特定することに強調点が置かれてきた。今や言語は、意識的にも無意識的にも、知の構造(the structure of intellectuality)の外にある経験、感情、条件づけの諸要素を明白に示している。社会的な言語(a social language)は、まさにそのために存在するのである。そして、政治的言語は、狭い意味での政治的分野の外側にあり、無数の予測不可能な変種(variety)の諸要素への言及(references)で飽和しているということが、ここで強調されてきたのだ。政治言語を探求するということは、これらの言及の変化する特徴を探求することなのだ。したがって、われわれは常に、研究対象の言語は社会的経験のどのような要素を表している(refer)と示され得るのか、どのような含意のレベルで、どのような抽象のレベルで、と問い続けなければならない。われわれが思想を社会構造に関連づけていないという非難は、まったく擁護できないはずである。しかし、その技法は、言語がどのような意味を持ってきたのかと言われ得るのかを示すために、言語から始め、そして言語の外側で取り組むことを必然的に伴う。(The technique, however, does necessarily involve starting with the language and working outwards, to show what meanings it can be said to have borne)ところが、言語は社会的現実を「反映している」という仮定から始めること、慣習的な知(conventional wisdom)に従って予想通り「反映されたもの」として社会構造のいくつかの側面を選択すること、そして、〔言語と社会的現実という〕両者の間の類似性(parallels)、相関性(correlations)、関連性(connexions)を論証するよう努めること、これらをその技法は必要とするわけではない。それは、「反射(reflection)」の性質に関する単純な鏡像仮説(mirror-object assumption)に基づくというよりも、むしろ「反映(reflection)」のプロセスについての探究と考えられるべきである。
われわれは、政治的言説において社会的経験のどの要素がはっきりと現れているのか(articulated)、その明瞭な表現(articulation)の過程がどのように進行するのか、その明瞭な表現がパラダイム言語においてどのように組織され、理論的、哲学的、歴史的、その他知的に独立した構造(other intellectually autonomous structures)においてどのように精緻化されるのか(elaborated)、そして、このように可視化された全過程の歴史、に関心があるのである。政治思想は社会的現実からの「抽象化」から成っていると言うのなら(if it be said)、「抽象化」という単語が前述の文章に「反映」の代わりとして単に挿入されればいいだろう。

32 しかし、上記にて幾分否定的に(dismissively)要約されたが、パラダイムや従来の言語(conventional language)を通じたそのアプローチが着手しないある方法(a procedure)がある。その方法とは、特定の人物の特定の事柄の発言と、社会構造の特定の立場にある人々やその歴史における特定のモーメントの人々の活動(occupation)との間の相関性を明らかにしようとする方法のことである。
また、そのような人々によって用いられた言語の以前に存在していた構造によって示されたり暗示されたりする必要が全くないような、相関する諸現象間の関連性を論証しようとする方法のことである。これは、例えばマクファーソンにように(22)、充分に経験主義的な厳密さ(sufficient experimental rigor)をもって行われるのであれば、(問題含みのままであるとしても)全く正統な方法である。マクファーソンは、17世紀のイングランドは、それが抽象的な政治理論に影響を及ぼしていたはずであるというほどまでに「市場経済」が重要になりつつあった社会であったという仮説を立てている。次に、彼はそのような経済の特徴を列挙している。そのような理論の著作の中で、「市場経済」が議論されていたり暗示されていると分かるだろうとマクファーソンは思っている。そして、さまざまな17世紀のイングランドの理論家において、〔マクファーソンによって〕期待された仄かし(allusion)、含意、あるいは仮定が本当にそこにあるかどうかを調べるために検証している。マクファーソンが探しているものを彼が発見したかどうかについては二つの意見があるだろうが、しかし、彼の方法が、記述したように、完全に正統であることについては疑問の余地がないであろう。本書のようなある本においてそのようなことが試みられなければ、変化の時が来たという以上に深い理由はない。(If nothing like it is attempted in a book such as the present one, there is no more profound reason for this than the time has come for a change. )
特定の社会現象を引き離し、そして、思想においてこれらが「反映」されていると示そうとする方法は、生じているのを示すのは困難な概念化のプロセスを同時代の精神に帰していないのかもしれないのではないか、という多少の懐疑論を心に抱く人もいるかもしれない。しかし、この種の問題を非独断的に(undogmatically)探求する方法に対するありうる反論は全く存在しないだろう。
むしろ重要なことは、観念論ー唯物論の二項対立の圧力のもとで、思想それ自体の外側にある社会的事実によって条件づけられているものとしての思想にわれわれはすべての注意を払ってきているということ、そして、意味し(denoting)、言及し(referring)、仮定し(assuming)、仄めかし(alluding)、そして含意するもの(implying)としての思想、また、さまざまな機能を果たしているーそのうち、最も単純な役割とは情報を含み、伝えることなのだがーものとしての思想に対するわれわれの注意というものは十分ではない、ということだ。こうした理由から、「彼は何を述べていたのか(saying)」、「どんな言語で彼はそのことを述べていたのか」、そして「彼は何について論じていたのか(talking about)」などといった問い(こうした論点から広がる、含意、意味のレベル、完全あるいは不完全なコミュニケーションに関する更なる問題は言うまでもないが)の体系的探求(systematic exploration)によって得られる理論的且つ経験的で、それも価値あるがしかし等閑視された情報が多くあるということを発見するために、観念の現実に対する関係についての形而上学的な言明、概念の現象に対する関係についての認識論的な言明、あるいは、社会構造による思想の条件づけについての社会学的な言明をする必要は(有益であるかもしれないが)ない。

原注
(21) The phrase is that of Carey B. Joint and Nicholas Rescher, “The Problem of Uniqueness in History”, History and Theory, Ⅰ, 2(1961), p. 158. (22) C. B. Macpherson, The Political Theory of Possesive Individualism( Oxford: the Clarendon Press, 1962)

訳注
*6 本論文18段落。J・G・A・ポーコック「政治言説史と言語の政治学ーメリーランド大学講義(1〜5)」引田隆也訳、『みすず』第402号1994年12-36頁、第403号1994年68-79頁、第410号1995年100-111頁、第411号1995年100-111頁、第422号1996年98-110頁、も参照されたい。尚、このメリーランド大学講義自体は全12講義だが、この翻訳では第6講義までの翻訳となっている。

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