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「インド洋の宝石」を襲った不幸

 風光明媚さとその島の形から「インド洋の真珠」とばれるスリランカで衝撃的な政変が繰り広げられている。
 数万人の怒れる群衆が豪華絢爛な大統領公邸を占拠し、逮捕を恐れたゴタバヤ・ラジャバクサ大統領と夫人が慌てふためいて警護1人とともに軍用機で隣国モルジブに逃亡してしまったのだ。
 いったい何が起きているのか。
 ニューヨークタイムズ紙に「訪れたい国」第1位に選ばれたこともあるスリランカは今、1948年の独立以来最悪の経済危機に見舞われている。物価は高騰する一方で生活必需品は不足し、大規模な停電も頻発して最低限の生活すら維持できない状況だ。病院では医療品が不足してまともな治療すらできない。あまりの生活苦に危険を覚悟で海峡を隔てたインドまで泳いで渡ろうと試みる人まで出ているという。
 さらに、新型コロナの世界的大流行によって主要産業である観光業が壊滅。とうとう債務不履行に陥った。今月5日、ウィクラマシンハ首相が議会で国家破産を宣言している。
 驚くべきことには、国家の破綻がラジャパクサ一族という私利私欲に走ったファミリーの悪政によるものだということだ。
 多民族国家スリランカでは、独立後26年にも渡って内戦が続き7万人以上の犠牲者がでた。2009年にマヒンダ・ラジャパクサ大統領(逃亡したゴタバヤの兄)が独立派武装組織「タミール・イーラム解放の虎」を制圧し内戦終結を宣言。ようやく平和が訪れた。
 しかしそれもつかの間、ラジャパクサ一族が強権的にスリランカの政界、経済界を支配するようになったのである。兄弟で大統領と首相を務め、その権力を笠に政府の重要ポストのほとんどを身内で固めてしまった。国家予算のじつに75%を独占するようになったというからネポティズム(縁故主義)の極めつけだ。
 そこに目をつけたのが中国だった。ラジャパクサ一族は中国との関係を深め、インフラ整備に大幅な借り入れを実施した。借り入れの総額は4月時点で1000億ドル以上にも膨らんでいたという。
2017年、スリランカ政府は同国の南部の要衝・ハンバンドタ港の運営権を99年間中国の国営企業にリースすると発表して世界に衝撃が走った。
インフラ建設などを行うために中国からふんだんに融資を受けたものの、施設が十分な利益を生まず、借金だけが膨らみ、返済不能になったため施設や土地を中国に明け渡さざるを得なくなったのである。いわゆる「債務の罠」の典型例だ。
 地政学的にみても重要な出来事だった。なぜなら中国のハンバンドタ港支配は米国、インド、そしてスリランカの旧宗主国によるインド洋支配を脅かすからだ。先週凶弾に倒れた安倍晋三元首相が2016年に唱えた「自由で開かれたインド大平洋構想」に米英印が強い関心を示した背景にはそんな危機感があったである。
習近平主席が「一帯一路」(中国を起点としてユーラシア大陸全体や南太平洋を結ぶ経済圏構想)を推し進めれば「債務の罠」に陥る第2、第3のスリランカが現れても不思議はない。
 

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