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ナルコに気をつけろ

 「春眠暁を覚えず」(孟浩然)というにはまた早いかもしれないが、春にならなくても会議や講演会などに出席していると突然眠くなることがある。どうにも我慢できない。必死になって目を開けていようと思うのだが、いつの間にか白目になってついにコックリ、コックリ。

 コロナ禍が始まる前に某高校の卒業式に来賓として招かれた際に、私もやってしまった。他の来賓とともに壇上で座っていたので情けない姿だったに違いない。

 情けないということで今も覚えているのは、2009年にイタリアでの先進国首脳会議(G7)後にローマで行なわれた記者会見の最中に故中川昭一財務・金融担当大臣がみせた醜態だ。

 ろれつが回らず、あくびを連発して、目は虚ろ。しかもその映像が世界中にニュースとして流れてしまったから大騒ぎ。中川氏は日頃から酒豪で知られていた。しかし会見前の飲酒を否定し、風邪薬を飲み過ぎたせいだと釈明。なんともみっともない姿だった。

 ほどなく、米経済誌『FORTUNE』のユーモアコラムでお馴染みだったスタンレー・ビン氏がさっそく書いたのは中川氏に同情する(もちろんユーモア)記事きじだったから驚かされた。

 記事のタイトルは”Meeting Narcolepsy"だった。ナルコレプシーとは日本語で睡眠発作病とか居眠り病といわれるもの。突然激しい眠気を催して眠ってしまう病気である。原因は遺伝的体質やストレスが関与していると考えられているが、はっきりしたことはまだ不明。ちなみにナルコはギリシャ語で麻痺、レプシーは発作を意味する。

 中川氏の場合も、会議前にしこたま飲んだ強い酒(ご本人によれば「ごっくん」しなかったそうだが)と風邪薬の影響下、蒸し暑いイタリアの会議室で退屈でストレスフルな話しが長く続いたため、ナルコレプシーになったのかもしれないというのがビン氏の説。

 もちろんこれはビン氏独特のジョークで、実際にナルコレプシーに悩んでいる方々を揶揄したわけではない。だがそれだけで終わるビン氏ではなかった。中川氏の醜態を目の当たりにした彼は、さらにかつて一緒に働いたこともある猛烈日本人はいったいどこに行ってしまったのかと嘆いてみせた。

 当時、身動きができないような満員電車で通勤し、タバコを吸いながら酒を浴びるほど飲み、それでも「24時間はたらけますか」という疲労回復ドリンクのコマーシャルに煽られながら死に物狂いで働いていた日本人サラリーマンの姿は世界でも有名だった。仕事のやり過ぎで死ぬ「過労死」なんて言葉が文化の中に定着したいたのはおよそ日本だけだった。それがなんたる体たらく。酒は好きなだけ飲んでもいいが仕事のときだけはシャキッとしろというわけである。

 それはいくらなんでも無理でしょう。日本人は世界でもナルコレプシーの有病率が高く、およそ600人に1人の割合で患者がいるそうだ。それだけストレス度の高い社会ということなのだろうか。

 ナルコレプシーにはいくつかの代表的症状がある。日常的な反復した強い眠気、強い情動の直後に身体の力が抜ける、寝入りばなにリアリティのある夢(幻覚)を見る、入眠時にいわゆる金縛り状態になる、などなど。

 しかし、ただの居眠りとナルコレプシーを区別する目安はあるのだろうか。分かりやすい例は講演会だろう。つまらない講演中に居眠りをしているお客さんはたいてい健康だ。だが、講師が話しながら眠ってしまう場合は明らかに病気である。

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