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消えた核兵器とウクライナ戦争

 米ロ戦略核兵器削減条約に基づいて解体される予定の戦術核兵器10基がロシア西部のチェリアビンスク基地から鉄道で運び出された。ところが何者かに襲撃されその1つが爆発。

 核爆発を探知した米国政府はテロと判断し、すぐさま専門家を派遣し8基の回収に成功するが、残りひとつの行方を巡って世界的な規模で追跡劇が繰り広げられた。核弾頭は南東ヨーロッパのボスニアに持ち込まれたと思われたが、じつは世界平和を象徴するある建物の中に・・・。
 
 これは25年ほど前に話題を呼んだ名優ジョージ・クルーニー主演のサスペンス映画『ピースメーカー』のあらすじだ。しかしあながち絵空事とは言えないところが怖い。

 ソ連邦崩壊の混乱の中、1990年代にウクライナからロシアに移送されたはずの大量の小型戦術核兵器が違法に持ち出されて行方不明になったというウクライナ議会調査委委員会の報告があったからだ。私もロシア取材中にその話しを耳にした。
 
 テロリストや武器商人にとって戦争後の混乱は兵器密売の絶好のチャンスであることは今も変わりがない。じつは、現在進行中のウクライナ戦争もそのひとつなのだ。
 
 国際刑事警察機構(インターポール、ICPO)のユルゲン・ストック事務総長は1日、ウクライナ戦争下で「武器の入手が容易になっており、紛争終結後は違法な武器として拡散することになるだろう」と警鐘を鳴らした。
 
 米国や西側諸国などが気前よく供与している大量の武器の一部が欧州をはじめとする犯罪組織の手に渡る恐れがあるというのだ。「こうしているうちにも犯罪者はすでにそうした武器に目をつけている」と話すストック事務総長は、武器追跡データーベースを使った監視を行なうよう各国に要請した。
 
 CNN放送によれば、米国が国境を越えてウクライナに供与した対戦車ミサイルや地対空ミサイルがどうなったか確認する方法はほとんどなく、バイデン政権もそのリスクを認識しているという。
 
 とくに携行型の対戦車ミサイル「ジャベリン」や対空ミサイル「スティンガー」は、列車で輸送される地対空ミサイル「S300」のような大型ミサイルに比べて追跡が難しいのだ。
 
 さて、映画の結末はどうなったのか。

 核弾頭を隠し持った犯人の目的地は謎の暗号「44E」だった。クライマックスでそれがマンハッタン44丁目、つまり国連ビルだということが判明する。最後は当然のごとくギリギリの所で正義の味方がテロリストを倒して核爆発を食い止めるのだが、現実の世界は映画のようにうまくいくまい。
 
 事実、映画が公開された頃にイラクの首都バグダッドの国民議会ビルにあるカフェテリアで自爆テロによる爆発があり、議員を含む8人が死亡、20人近くが負傷する事件が起きている。
 
 現場は政府建物や各国大使館が集中しており米軍などが厳重に警備するいわゆるグリーンゾーンだった。テロなど起きるはずのない場所だ。なぜならこのエリアに入るためにはX線装置など5重の警備をくぐり抜けなければならない。まさに要塞なのである。
 
 ところが報道された現地治安当局者の話しによれば、犯人は「爆弾を身体に巻きつけ、カバンを持ってカフェテリアに入ってきた」というではないか。こんな芸当は内部にかなりの協力者がいなければ出来るはずがない。つまりテロとの戦いには、安全な「聖域」などなくなっているのである。
 
 映画のタイトルになっている「ピースメーカー」とは米国の西部劇で必ず出てくる銃の呼び名で、「平和をもたらそうとする人」という意味だ。銃乱射事件が日常化している米国にとっては、なんとも皮肉な名称だ。
 
 ウクライナに軍事侵攻したロシアの残虐行為は決して許されることではない。しかし、ウクライナにひたすら大量の武器だけを送り込んで軍産複合体と武器商人たちを喜ばしている米国を、はたしてピースメーカーと呼べるのだろうか。


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