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辺境の地で出会った12歳の労働者

 ある日、少年が落第点が並んだ通知表をもらって学校から帰ってきた。少年は父親にその成績を見せるなり、こう言った。

 「パパ、原因はなんだろう。遺伝かな、それとも環境かな?」

 これは『トム・ソーヤの冒険』でお馴染みのアメリカ人作家マーク・トゥエインが残したジョークのひとつだが、この少年の言葉はあながち根拠のない冗談とばかり言えない。

 世界各地を取材で訪れるたびに、その地域に住む子供たちの姿に社会の現実が色濃く反映されていることに気づかされたからだ。とりわけ目についたのは児童労働、つまり幼い頃から働かされている子供たちである。国際労働機関(ILO)によれば、世界各地で労働に従事されている15歳以下の子供の数はじつに1億6千万人(2020年)に上るという。しかもそのうちのかなりの数が中南米とアジアに集中しているのだ。

 もう20年ほど前のことになるが、アジアの児童労働の実体を知ろうとタイで取材したことがあった。まず手始めに首都バンコクのスラムに入った。首都圏には驚いたことに約1700カ所(当時)ものスラムがあった。急激な経済成長が地方農村と首都の経済格差を著しく拡大させ、仕事を求めて地方が流入した貧しい人々が無秩序に住み着いた結果である。

 そんな中で子供たちは働かされる。縫製工場、手芸工場、レストランの手伝い、路上での行商など種類はいろいろだが、どれも零細で賃金は極めて低い。

12歳の労働者

 年少者を雇用することは法律で禁止されている。だが、子供を守るはずの法律が逆に経済的理由から違法でも働かざるをえない子供の立場を弱くしている現実があった。家計を助けるため少しでも現金収入が欲しい子供たちにとってどんな悪条件でも文句が言えないからだ。

 バンコクの取材を終え、次に北部の町メイサイに飛んだ。メイサイは橋ひとつ渡ればミャンマーというまさに国境の町。一見のどかな田舎だが、現地で取材した靴工場や漬物工場の内部を見て驚いた。小学生か中学生低学年ぐらいの子供たちの姿が目立ったからだ。ほとんどがミャンマーからの出稼ぎで、何ヶ月も家に帰っていないという。

 子供たちにとってミャンマーより経済的に豊かなタイで働いた方がお金になるからである。一方、工場経営者にとっては大人より低賃金で文句を言わず従順に働く子供たちは経済効率がよい労働力というわけだ。

 靴工場で働くひとりの少年にさりげなく年齢を訪ねたところ「12歳」との答えが返ってきた。するとすぐ隣にいた年上らしい少年が慌てて「17歳と言え」と耳打ちした。一目でそんなはずはないと分かるのだが、経営者からそう答えろと言われていたのだろう。児童労働の悲しい現状が垣間見れた一瞬だった。

 心と身体の陵辱

 しかし私が目撃した最も悲惨な児童労働は急増する少女売春だった。バッグに隠しカメラを仕込み、客のふりをして潜入した夜の売春宿にはどうみても小学生にしか見えない幼い顔立ちの少女たちの「働く」姿があった。宿の女将によると、エイズを恐れる海外からの客たちが幼い少女を求めてくるという。

 エイズの蔓延で、処女であることがこれまでとは違う「付加価値」を持つようになったのはまさに悲劇的だった。

 売春宿にいたひとりの少女は私に「コンバンワ」と話しかけていた。国境の国境の町でもお客の中には日本人男性もいるのだ。金満大国から訪れた大人が貧しいアジアの子供たちの身体と心を陵辱する見にくい姿が容易に想像できた。ヨーロッパからの児童性愛者も多いという。自国では刑事罰の対象だからだ。三軒目を回ったあたりで案内をしていた客引きが怪しがり始めたので這々の体でその場を後にした。

 深夜の帰国便でバンコクを後にしたが、悲惨な児童労働の実体を報道するだけではなく、なにか個人的にアジアの子供たちを援助できないかという思いに駆られ、民間団体を通して少額ながら継続的に教育資金を提供することに決めた。最初にご紹介いただいたスリランカの少女は今では学業を終えて立派に就職し、タイの子供たちも我が家の家族写真の仲間入りをしている。

 ODA(政府開発援助)やPKO(平和維持活動)も必要だが、日本がアジアの人々から本当に信頼され感謝される国になるためには、厳しい環境に置かれた現地の子供たちと心を通わせる努力もまた重要な国際貢献のひとつだと思う。

                                                      (写真はgooddo.jp)



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