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米最高裁中絶判決とトランプの高笑い

 お騒がせトランプ前大統領が退任前に仕掛けた置き土産が米国を暗黒時代に逆戻りさせようとしている。
 
 米連邦最高裁は24日、人口妊娠中絶を憲法上の権利と認めた1973年の「ロウ対ウェイド判決」を6対3で無効と判断した。半世紀も前に連邦最高裁が定めた判例を同じ最高裁が自ら覆すのは極めて異例なことだ。
 
 これで中絶の権利に対する憲法の保障がなくなり、全米の50州の半数を占める保守的な州では中絶が禁止または厳しく制限されることは必至だ。最近のギャラップ調査では79%の米国民が人工中絶は合法であるべきだと回答しているから、明らかに世論に背を向けた判断である。
 
 ではなぜ、そんなことが可能になったのか。
 
 それは中絶禁止合法化を公約としていたトランプ前大統領が任期中に保守派判事3人を最高裁判事に指名し、それまでは拮抗していた最高裁のパワーバランスを保守派6対リベラル派3と圧倒的に保守派に傾けたからである。今回の判決は保守派判事とリベラル派判事の思想的な違いがそのまま反映された結果だ。
 
 「生命のための最大の勝利だ。・・・すべては尊敬すべき強固な立憲主義者の判事3人を指名し、公約を守った私のお陰だ!」
 
 “仕掛け人”であるトランプはそう言い放って自画自賛した。どこまでも自己中心的なのだ。
 
 じつは、トランプはもともと中絶容認派(といってもそれほど真剣には考えていない)だったが、大統領選でエバンジェリカル(キリスト教原理主義者)や宗教保守派の支持を取り付けるため反対派に転向しただけだ。嘘もつけば自分の都合で意見もころころ変える政治家の典型である。米国はそんな男に大統領職を与え、最高裁を牛耳らせてしまったのである。
 
 トランプ退任後もその影響は深刻だ。賛成意見を書いたトーマス判事に至っては、中絶権の見直しに加えて今後は、避妊や同性愛行為の自由、同性婚などの合法性を認めた過去の判例を見直すべきだと主張している。そうなれば過去の多様性を無視した抑圧社会に逆戻りするだけだ。
 
 「呆然としてしまう。最高裁にとって、そしてこの国にとって悲しい日だ」
 
 民主党のバイデン大統領は記者団の前でそう危機感を露にした。判決文には「中絶規制する権限は国民と、国民が選んだ代表に戻さなければならない」と書かれていることから、議会に中絶の権利を守る連邦法案を可決するよう訴えた。有権者に対しては、中間選挙で権利擁護派に投票するよう呼びかけている。
 
 なにしろ事態は深刻になる一方だ。少なくとも13の州では連邦最高裁が「ロウ対ウェイド」判決を否定すると自動的に中絶を禁止するトリガー法がすでに成立している。
 
 南部ルイジアナ州では21日、中絶を実施した者に最高で金庫10年、罰金10万ドル(約1360万円)を科し、レイプや近親相姦による妊娠にも例外を認めない中絶規制強化法が成立。最高裁の判断と同時に発効した。保守層が多いテキサス州では中絶を実施した医師が終身刑となる可能性もあるというから恐ろしい。
 
 それでも中絶を求める女性の数は減らないだろう。容認する州へ移動したり、もぐりの中絶医が横行するかもしれない。医療団体プランド・ペアレントフッドによると、米国の妊娠可能年齢の女性約3600万人が今回の最高裁判決によって中絶手術を受けられなくなるという。BBCが伝えた。
 
 それにしても米国で中絶がなぜこれほどまで政治的大問題になるのか。

 その答えは、米国が宗教大国だからだ。中絶はキリスト教の信仰と深く結びついているのである。米人口のおよそ半分を占めるプロテスタント福音派やカトリックらキリスト教保守派は今も昔も、中絶は殺人であり神への冒涜だと信じている有権者の塊だ。
 
 とくにエバンジェリカルと呼ばれる聖書を絶対視する狂信的キリスト教原理主義者たちは、反中絶、反同性愛、反進化論、反フェミニズム、ポルノ反対、性教育反対、家庭重視、小さな政府、共和党支持で、その数は国内で推定1億人、つまり全人口のざっと3割を占めている。政治的影響は小さくない。
 
 だから「自由の国」米国で人工中絶は1973年の連邦最高裁「ロウ対ウェイド」判決まで違法だったのだ。長年にわたって、その判決を覆すのが彼らの悲願だった。トランプは彼らにとって「神に選ばれた人」だったわけである。2016年の大統領選ではエバンジェリカルの8割がトランプを支持したという。トランプ当選と共に、彼を支持する保守層やキリスト教原理主義者の多い南部を中心に反中絶運動が急激に広がった。
 
 今や人工妊娠中絶は「生命」や「人権」といった倫理の問題を超えて、トランプ色に染まった中絶反対派の共和党によって政争の具として使われるようになっているのが実態だ。その一方で、中絶容認派のデモも全国各地で広がっている。今回の最高裁の判断が中間選挙にどのような影響を与えるのか見物だ。
 
 2019年にジョージア州で「ハートビート法」(胎児心拍が確認される妊娠6週間を過ぎた妊婦の人口中絶を禁止する州法)が成立した時にはハリウッド女優のアリッサ・ミラノが「セックス・ストライキ(同法が撤回されるまで性行為拒否)」を呼びかけたところ多数の女性が賛同し、男たちを慌てさせた。
 
 結局、連邦地裁が憲法違反だとの判断を下し、同法は撤廃されたが、これからはそう簡単にはいかないだろう。11月の中間選挙を前にアフガン撤退の不手際や新型コロナ対応、物価高などで支持率が低迷しているバイデン政権にとってはハートよりも頭の痛い状況だ。トランプの高笑いが聞こえてくるようだ。                  (写真はAP)
 

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