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エリエワ選手を襲ったドーピング疑惑の裏にあるもの

 開催中の北京冬季五輪で、弱冠15歳でフィギュアスケート女子団体金メダリストに輝いたロシアのカミラ・ワリエワ選手にドーピング疑惑が浮上し、注目を浴びている。

 昨年12月にロシア国内の大会に参加した際の検査で彼女の検体から血管拡張に作用する禁止薬物のトリメタジジンが検出されたというのだ。国際テスト機関(ITA)によれば、結果が検査機関から届いたとのはなんと今月8日だというから釈然としない。なぜ2ヶ月もかかったのか。

 ロシアオリンピック委員会は声明で、「陽性反応が出たのは12月25日に採取した検体で、オリンピック期間にはあたらない。オリンピック最中のドーピング検査で陰性となっている」としてワリエワ選手の北京でのドーピング疑惑を否定、競技に参加できると主張した。

 しかし、スポーツ仲裁裁判所(CAS)の臨時支部は11日、国際オリンピック委員会(IOC)と世界反ドーピング機関(WADA)からの提訴を受理したと発表し、今後の裁定はCASの判断に委ねられた。

 トリメタジジンは一般的に狭心症など心臓病の治療に使われる薬物だ。だが過去にはドーピングに使われたケースもあった。例えば、2018年の平昌冬季五輪ではロシアのボブスレー女子選手が同薬使用で失格になっている。

 とにかく世界のスポーツ界ではドーピングが蔓延している。晴れの舞台であるオリンピックももちろん例外ではない。例えば、2016年のリオデジャネイロ五輪での最大の問題は施設不備でも犯罪でも感染症でも環境汚染でもなく、ドーピングだった。開催直前にロシアが国家ぐるみでドーピング隠しをしていることを世界アンチ・ドーピング機構が暴露し、大騒ぎとなった。

 しかしそんな程度でドーピングが無くなるはずもない。オリンピック利権に群がる連中が世間をたぶらかすための手段でしかなかったからだ。自由主義圏から嫌われているロシアを血祭りにあげただけのことである。その連中とは、倫理なき国際オリンピック委員会(IOC)とスポーツ医学関係者、スポーツの商業化にひた走るスポンサー企業やテレビ局だ。

 彼らはこれまで一握りの不届きな選手が悪事を働いただけで他の選手はみなクリーンだと世間を欺いてきた。リオ五輪では評判の悪いロシアを標的することによって、自分たちがドーピングに対して厳しい姿勢をとっていると見せかけたかっただけだ。

 もちろん薬物を使用した選手たちに責任がないわけではない。しかし安っぽい倫理観を振りかざして彼らを非難するだけでは状況は少しも改善しない。
ところが新聞やテレビは「フェアーでクリーンな大会にしなければならない」というお題目を唱え続けている。それなら背景にある政治的競争、スポーツ医学の進歩、スポーツの商業化にもっと鋭くメスを入れたらどうか。

 かつて、ダイアン・ウイリアムスというアメリカの短距離女子選手がいた。まだ無名だった1980年代初めにある有名コーチに見いだされ、勧められるままに小さいフットボールの形をした錠剤を服用するようになったという。程なくして彼女の記録は飛躍的に向上し、1984年には米オリンピックチームに選ばれるまでになった。

 しかし同時に彼女の体には異変が起きていた。1989年の米司法委員会でウイリアムスは涙ながらに次のように証言している。

 「口ひげやあごのまわりの毛が濃くなって、男っぽい性徴が出てきました。クリトリスが、はっきりと目立つほど大きくなりだしたのです」

 「声帯が太くなり声が低くなりました。体毛がまるで男みたいに生えてきました。性欲が異常に高まったことも何度もありました」

 もうおわかりだろう。ドーピング(運動能力を高めるために禁止薬物を使うこと)だ。彼女が服用させられていたのはダイナボルと呼ばれたステロイド錠剤だった。ステロイドは筋肉を増強する一方で深刻な副作用を引き起こすことはもうみなさんご存じだろう。

 ドーピングの歴史を溯ると、なんと驚いたことに紀元前3世紀まで辿りつく。オリンピック発祥の古代ギリシャですでに選手が運動能力を高めるために様々な刺激薬を使用していたという記述が残っている。昔も今も我々人間の考えることにそう違いはないのだ。

 なにしろオリンピックの標語は「より速く、より高く、より強く」である。そのために運動能力を飛躍的に高める方法があると知れば飛びついてしまうのが人情というものだ。

 そもそも1999年に世界アンチ・ドーピング機構(WADA)が設立されるまでの約2000年間、多かれ少なかれ運動能力向上薬は大した罰も社会的非難も受けることなく使われてきたのである。

 オリンピックが東西政治対立の舞台となった冷戦時代(1945年~1989年)に入ると、ドーピングはさらに加速した。国際スポーツで優位に立つことが国家の威信を世界に示す重要な宣伝と考えられたからだ。それはとりもなおさず国家が積極的にドーピングを支援すること意味した。リオ五輪開幕直前にWADAによって暴露されたロシアの国家ぐるみドーピング隠しもその延長線上で起きた出来事である。

 ロシアだけではない。じつは米国や他の国々もスポーツ医学の進歩と運動能力向上薬の開発に血眼になっている。その過程で「血液ドーピング」という裏技も開発された。選手からあらかじめ採取した血液を競技会の2,3日前に同選手に輸血すると増加した赤血球が筋肉に多量の酸素を送り込んで運動能力を高めるというものだ。これなら薬物検査に引っかからない。とんでもないことを思いつくものである。

 現在はもちろん違反とされているが、これからも薬物検査をすり抜ける方法が開発されていくだろう。ヒト成長ホルモンに対する有効な検査方法はまだ見つかっていない。ステロイド服用選手はその痕跡を隠すためにマスキング・エイジェントと呼ばれる別の薬物を医師やコーチの指導のもとに使っているという。

 国際スポーツの薬物汚染の背景には加速する国際スポーツの商業化がある。今やオリンピック収入の9割以上は企業後援とテレビ放映権。人々の注目を集める金メダリストたちの経済的報酬は巨額になっている。スター選手を利益追求に利用するスポンサー企業、メディアにとっても勝つことがすべてとなってしまっている。それが組織的な選手の薬物使用に拍車を掛けているのだ。

 IOCや各競技連盟が本気でドーピング撲滅を考えているのならメディアやスポンサーから入る巨額の資金をスポーツ浄化のために使ってもいいはずだ。あるいはもっと厳しく頻繁に検査をすればいい。しかし彼らにとってそれは決して好ましいことではないのだ。偽善と言われて弁解の余地はないだろう。

 「より速く、より高く、より強く」というオリンピックのモットーは素晴らしい。だが現実の姿はあまりにも醜い。(写真はnews.yahoo.co.jp)


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