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ウクライナ停戦の鍵を握る「スルタン」は何を考えているのか

 ロシアのウクライナ侵攻で結束を取り戻したかに見えた北大西洋条約機構(NATO)の足並みが再び乱れ始めている。同盟国内で2番目の軍事力を持つトルコが北欧2カ国のNATO加盟に「待った」をかけているからだ。
 
 ウクライナ戦争の停戦仲介に意欲を示し続けているトルコがなぜフィンランドとスウェーデンのNATO加盟に水を差すのか。その背景には今やトルコの「スルタン(皇帝)」と呼ばれる独裁者となったエルドアン大統領の思惑が複雑に絡み合っている。
 
 その複雑さはウクライナ戦争でのトルコの立ち位置をみてもよくわかる。
NATOの一員でありながら、トルコは欧米同盟国には従わずロシアに対する経済制裁には参加していない。だがその一方で、ウクライナにはロシアが嫌がる多数の攻撃用ドローン「バイラクタルTB2」などを供与するなど軍事的支援を続けている。
 
一体どちらの味方なのかといぶかしがられても不思議はない。一言でいえば、「いいとこ取り」をしようとしているのだ。
 
就任当時は気さくな庶民派として国民の人気を得たエルドアンだったが、権力を一手に掌握した後は横暴な独裁体制を敷いている。反対勢力は恐怖と暴力で粛正し、悪化の一途を辿る国民経済を尻目に首都アンカラ郊外に東京ドーム4個分の敷地に1000室もあるという公邸を新築した。
 
ひたすら自己の権力維持・拡大に邁進しているのである。女性に対する暴力の禁止やジェンダーや性的志向に基づく差別の撤廃を目指す「イスタンブール条約」からも離脱した。
 
ロイター通信が調べたトルコ司法省のデータによると、エルドアンが大統領に就任した2014年以降、多くの学者や記者、国会議員、裁判官までもが粛正の対象となり、3万5500人以上が大統領侮辱の罪で有罪となっているという。
 
 類は友を呼ぶというが、そんな強権的なエルドアンは権力を意のままに乱用するロシアのプーチン大統領とは親しい関係だ。2019年のロシア航空産業見本市ではふたりが仲よさそうに笑顔でアイスクリームを食べている姿が象徴的で話題となった。
 
欧米の経済制裁に参加しない理由はもちろんそれだけではない。まず、ロシアとの深い経済的な繋がりがある。トルコは天然ガスの国内消費の4割をロシアに依存し、ロシアからの観光客も重要な収入源である。
軍事的な関係も密接だ。最近では最新鋭の対空防衛システムS400をロシアから購入している。
 
その一方でウクライナに軍事支援を続けているのは、クリミア半島に住むトルコと文化的に繋がりが深い少数民族タタール人が抑圧されていることを懸念しているからだ。プーチンにとっては苛立たしいことだろう。しかし欧米の政策が厳しくなる中、トルコがロシア大統領や彼の取巻きのオリガルヒ(新興財閥)の経済的生命線を少なからず握っている今、トルコに喧嘩を吹っかける余裕はないだろう。
 
今回、トルコが北欧2カ国のNATO加盟に反旗を翻した表向きの理由は、両国がトルコの反政府武装組織、クルド労働者党(PKK)を支援していること、そしてトルコ向け武器売却禁止措置を行なっていることだ。北欧2カ国のトルコ向け武器禁輸は、トルコが2019年にクルド人武装勢力を攻撃するためにシリア北部に侵入した際に発動されたものだ。
 
ホワイトハウスでフィンランドのサウリ・ニーニスト大統領とスウェーデンのマグダレナ・アンディション首相と会談したアメリカのバイデン大統領は、両国のNATO加盟申請を「全面的に、全て、完全に支持する。・・・欧州の安全保障において分岐点になる」と強調した。
 
これに対してエルドアンは、北欧2カ国は「テロ組織のゲストハウスのようなものだ。トルコに制裁を科す国の加盟に賛成できない」と激しく非難。だが、その裏にはロシアとの関係を繋ぎ止めたいというエルドアンの下心が見え隠れする。なかなかしたたかな政治家なのだ。
 
とはいえ、国内経済は悪化の一途を辿り、与党「公正発展党」の支持率もこれまでの最低レベルまで下がっている。来年6月の大統領選でのエルドアンの再選に黄信号が灯っている。
 
そこで、ウクライナ戦争の停戦を仲介することで自らの国際的な影響力と存在感を国民にアピールしたいとエルドアンは思っているのだ。これからも水面下で策を巡らすだろう。ウクライナ戦争の行方はエルドアンの政治生命をも左右する可能性があるからだ。
 
「NATOは、ロシアとは戦争せずに(武器供与によって)ウクライナを支える選択をした」とフランスのマクロン大統領を明言した。ウクライナはNATO加盟国ではなく防衛義務が発生しないからだ。しかし2014年のロシアのウクライナ侵攻後から「戦争への備え」は着実に進んでいるという。最悪を避け早期の停戦に向かうことを祈るばかりだ。

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