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金は入っただけ出る

 論語の中に「温故知新」という言葉がありますが、私にとっては1960年に出版された1冊の翻訳本がそうでした。日本語のタイトルは『金は入っただけ出る』。

 すっかり黄ばんでいてカバーにも破れが目立っていたが、あまりにも面白いタイトルなので古書店で半ば衝動的に購入してしまいました。著者は英国の歴史・政治学者シリル・ノースコート・パーキンソン。世にパーキンソンの法則で知られている人物です。

 本の内容はいわゆるパーキンソンの第2法則で、「支出の額は、収入の額に達するまで膨張する」というものです。我々人間は貧しいうちは食べるだけで精いっぱいですが、所得が増えてくるに従って余ったお金を何に使おうかと考えだします。やがて支出は所得に応じて増えるばかりでなく、所得を超えて借金までしてしまうというのです。どうりでいつまで経っても私も貯金が増えないわけです。

 それでも個人の借金にはおのずと限界があります。遅かれ早かれ銀行はおろか友人でさえ貸してくれなくなるからです。ところが不思議なことに国家の借金は歯止めが利かなってしまうのです。なぜなら、足りなければ国の借用証である国債を発行すればなんとかなってしまうからです。

 ヨーロッパ金融危機を引き起こしたギリシャ、スペイン、ポルトガルなどを見ればよくわかるでしょう。もちろんまったく限界が無いわけではありません。アフリカ南部の国ジンバブエでは、政府の借金を買い支えるため中央銀行が100兆ジンバブエ(Z)ドル札まで刷るはめに陥り、2008年にとうとう経済破綻しまいました。100兆Zドル札で買えたのはわずか生卵2個だったいいますから、凄まじいインフレでした。(じつは私は記念としてただの紙切れとなった100兆Zドル札を持っています)

 日本も他人事だと安心してばかりはいられません。本来、国家予算は本来税収の範囲内で賄うべきものです。しかし、1964年の東京五輪後に構造不況に陥り歳入が不足してしまった為、その穴を埋めるため当時の福田赳夫大蔵大臣は“例外的”に国債が発行しました。これが歯止めの利かない国の謝金の始まりでした。

 一度この味を覚えてしまうともう止められません。発行した国債は金融機関などを通じて国民が何の疑いもなく負担し続けてくれたからです。特例がいつの間にか恒例になり、借金は積もり積もって今や1200兆円を超えてさらに増え続けています。政府債務残高がGDP比230%を超える先進国は世界を見渡しても日本だけです。財政破綻したギリシャでさえ180%程度です。

 幸い日本はまだ630兆円もの政府資産があるうえに日本国債の海外保有比率が7.7%と低いため持ち堪えられていますが、少子高齢化で資産は減少の一途。つまり金は入ってくる以上に出ていっているのです。それでもほとんどの国民が危機感を持っていないところが大問題なのです。

 パーキンソンによれば、政治家がまずなすべきことは国家が支出できる金額を知ることだそうだ。過去の浪費がその味を教えてくれた金額(借金+税収)ではなく、まともに手にすることが出来る金額(税収)だと。

 さらに政府の浪費熱は国民に対しても悪影響を与えるとも書いています。政府が使い過ぎの常習犯なら、個人も所得の範囲で済まそうとはしなくなるからです。その結果、国民も浪費が癖になりクレジット社会になってしまうというのです。

 それならば増税をすればいいと思うのは大間違い。税金の徴収には一定の限界があり、それ以上増税すると民衆が反発して社会不安を招きます。つまり、歳出に合わせて歳入を測ると失敗するということです。

 昨今、デフレ対策として日本を始め世界の先進国がこぞって輪転機を回してお札を大量に増刷していますが、お金の価値が暴落するインフレほど恐ろしいものはないということを忘れないでおく必要があります。なぜなら一度インフレ・スパイラルが起きたら手に負えなくなくなるからです。

 歴史を振り返ればその事が一目瞭然です。第一次世界大戦直後に各国で起きた激しいインフレでは1913年からの7年間で、物価が英国で3倍、フランスで5倍、イタリアで6倍、ドイツでは15倍も跳ね上がりました。それだけお金の価値が急落したのです。しかし、その程度はまだ序の口でした。

 第二次世界大戦後のハンガリーでは16年間のインフレで貨幣価値がなんと1垓(がい)3000京分の1に暴落しています。垓とは1京の1万倍、1京は1兆の1万倍だからまさに天文学的インフレでした。このとき発行された10垓ペンゲー札は史上最高額紙幣としてギネスブックに記録されています。

 そうした苦い経験から、近代経済学にとって最大の課題は財政・金融政策によってインフレを抑制することとなったのです。というわけで、世の政治家や金融当局者はもちろんのこと、このコラムの読者の皆さんにもぜひこの古書『金は入っただけ出る』を読むことをお勧めします。








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