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ウクライナ危機で世界は変り始めた

先週月曜日、69歳になったロシア大統領ウラジーミル・プーチンが、首都モスクワで行なわれた第2次世界大戦で旧ソ連がナチスドイツを破った戦勝記念日の式典に姿を現した。
 
ご存じの方もいらっしゃると思うが、独ソ戦は人類史上最悪の血で血を洗う皆殺しの絶滅戦争だった。ナチスドイツ側で800万人、ソ連側で2700万人の命が失われたという。
 
私は、これまで極東からノルウェーに近い北極圏の秘密軍事基地まで幾度もロシア取材に出かけて分かったのは、独ソ戦はロシア国民にとって民族の栄光を象徴する「大祖国戦争」だということだ。だから毎年5月9日はロシア国民の愛国心が燃え上がる。
 
今年の式典ではふたつの事に注目が集まった。ひとつは、プーチンのウクライナ戦争に関する発言。もうひとつは、彼の健康状態だ。
 
発言で最も大きなサプライズは、サプライズがなかったことだった。予想されたウクライナへの宣戦布告、他国への戦争拡大、あるいは戦術核使用の話しはなかった。
 
だが重要なメッセージもあった。ロシア人は「自分たちの祖国のために戦っている」ということだ。つまりプーチンは、東部ドンバス地域制圧より、さらに先の長期的な目標を捨てていない。つまり戦争は長引くということだ。
 
最低でも黒海に面したウクライナ最大の港湾都市オデッサを奪取したいと思っている。それから、好戦的な態度で国際的に英雄扱いされている米国の手先のゼレンスキー大統領は絶対に許さないだろう。
 
一方、西側もウクライナへの武器供与やロシアに対する制裁をひたすらエスカレートさせている。11月の中間選挙を前に支持率が上がらないアメリカのバイデン大統領に至っては、ロシア黒海艦隊の旗艦モスクワを撃沈させる機密情報を提供したとか、戦場で複数のロシアの将校を特定して暗殺するのを手伝ったという極秘情報まで口走った。国防省は慌てて否定したが。
 
「戦争を始めるのは簡単だが、終わらせるのは難しい」
そうつぶやいたのは、第1次世界大戦を招いたドイツ皇帝ヴィウルヘルム2世だったが、ウクライナ戦争も行き着く先が見えない。どちらか一方の苦痛が限界に達するまで停戦は見込めないようだ。世界のエネルギー供給だけでなく、世界経済全体も当面混乱すると覚悟しておいた方がいい。
 
プーチンの体調については、パーキンソン病や癌ではないか、あるいは両方かという噂が以前からあった。パーキンソン病は手足が振るえて、麻痺などが起きる難病だ。1871年イギリスの外科医ジェームズ・パーキンソンが初めて発表したことでその名がついた。
 
しかし、演説中のプーチンの姿をみた限りでは、以外とまだ大丈夫という印象だった。唯一ハッとさせられたのは、演説途中で原稿をめくる手が止まったことだ。これまでプーチンは演説の前には徹底的に原稿を読み込んでいるので、珍しい光景だ。焦りがあったのだろうか。
 
じつは、20世紀の独裁者たち、ヒトラーもパーキンソン病だったし、スターリンは脳卒中、摺り足で歩いていた毛沢東は筋萎縮性側索硬化症(ALS)を患っていた。彼らに共通していたのは年を重ねるにつれて「パラノイア」が悪化したことだ。つまり誇大妄想と被害者意識が強くなったのだ。プーチンもその可能性がある。このあたりは、小長谷正明著『ヒトラーの震え、毛沢東の摺り足』が詳しい。
 
さて、世界はどう変り始めたのか。まず、地政学的にみると、21世紀初頭の国際政治のキーワードがふたつだった。「イスラムテロとの対決」と「グローバリズム」だ。ところがウクライナ危機によって、グローバル経済は分断され、政治も「専制国家vs西側民主国家」という対立の構図に変化した。
国際協調やグローバリズムといった概念が薄れ、戦争終結後も各国の利害が剥き出しになる野蛮な世界である。
 
経済の側面からみると、経済制裁の抑止効果はしょせん限界がある。とくに今回のように厳しい制裁は、ブーメラン効果で制裁を科す側の痛みもともなっている。その結果、世界経済にすでに混乱が起きており、長期化すれば否が応でも欧米の結束が崩れ、グローバル経済のブロック化が進む。
 
 
エネルギー資源の高騰、食糧不足、さらには西側金融から各国が離れていくリスクさえある。ロシアのSWIFT(国際金融取引の決済制度)からの排除は、米ドル離れと、デジタル人民元の国際化を促進するという皮肉な結果が待っているからだ。ロシアや中国以外にも中東産油国や中南米など米国の圧力から逃れたい国は結構たくさんある。
 
この戦争の勝者は誰かと考えると、米国のバイデン大統領と中国の習近平主席の顔が浮かび上がってくる。短期的にはアメリカの一人勝ちの様相が濃厚だ。
 
なにしろバイデン政権が気前よく繰り出している何千億円ものウクライナへの軍事支援の大半は米国製武器の調達で、米国の軍産複合体は大儲け。戦争終結後はミサイル防衛や誘導兵器に注文が殺到するでしょう。
世界最大の石油輸出国である米国にとって、石油価格の高騰はエネルギー産業にとって朗報だ。ロシア制裁のお陰で、欧州は年間4千万トンのLNG追加輸入がひつようだが、そのかなりの部分をアメリカが埋めることになるだろう。
 
じつは、バイデン大統領個人にとってもこの戦争は好都合です。まず、ウクライナの大手ガス会社の役員を務めていた次男ハンター・バイデンの脱税などのスキャンダルをうやむやにできる。次に、アフガニスタン撤退で失った国際的信用も挽回できる。さらには、民主主義陣営を巧みに束ねてリーダーシップを発揮できれば11月の中間選挙で追い風になるし、ロシアを弱体化させられれば対中国戦略に専念できる。
 
私は陰謀論者ではない。だが、こう見てくると、冷戦終結後のNATOの東方拡大を深刻な脅威と感じているプーチンを戦争に引きずり込んで、戦争を仕掛けたのはバイデンではないかとさえ思えてくる。
 
バイデンとウクライナの因縁は深い。オバマ政権の副大統領時代から、ウクライナ担当して米外交・安保政策に深く関わってきた。大統領になってからもウクライナを「政治家としてレガシーにしたい」と周辺に語っている。つまり、政治的に一旗揚げたいということだ。
 
2014年、ウクライナの首都キエフで起きた「マイダン革命」と呼ばれる争乱で、親ロシア派のヤヌコビッチ政権が崩壊し親米のポロシェンコ政権が誕生したが、その政権転覆にアメリカが関与したことを米政府首脳が認めている。
 
その動きに危機感を持ったプーチンは、ウクライナ南部のクリミア半島に侵攻。東部の紛争地域ドンバスにも「平和維持」のためと称してロシア軍を送り込んで、新政権を揺さぶった。プーチンの国内支持率は8割まで急上昇した。
 
この時からプーチンのウクライナ戦争は始まっていたのだ。
 
19年には、親米派のゼレンスキー大統領が登場した。今や世界的に英雄扱いされているが、どうも胡散臭い。政治経験ゼロのコメディ俳優でお得意芸は下ネタだった。
大統領になれたのは、政治風刺コメディドラマ『国民の僕(しもべ)』で冴えない社会科教師がひょんなことから大統領に選ばれて政治腐敗と戦う役を演じて人気を博したからだ。番組は選挙直前まで放送された。ポピュリズムの典型だ。
 
そんな人物においそれと大統領職が務まるわけがない。パフォーマンスばかりで国内は混乱し、当初70%以上あった支持率は19%まで下落した。
挙げ句の果て民族派の突き上げをくらって、反ロシアの急先鋒に変身。そしてロシア軍の侵攻後はSNSなどを駆使して、「大国に立ち向かう勇気ある指導者」のイメージが作りあげられた。
 
じつは彼には後ろには、反プーチンのオルガルヒ(新興財閥)でゼレンスキーのドラマを放送したテレビ局オーナーのイーホル・コロモイスキーがいる。詐欺や資金洗浄容疑で米国から入国禁止処分を受けたこともあるユダヤ資本家で。悪名高き極右アゾフ大隊の創設にも関わった人物だ。
バイデンにNATO加盟の空手形をちらつかされて術中にはまった感のあるゼレンスキーは、メディア戦略だけでなく戦場でもロシアに勝てるという思いを強めているという。だその好戦的姿勢がロシア軍やプーチンのエリート部隊「ワグネル」による民間人の虐殺をエスカレートさせているのも現実です。
 
正義の裏にはしばしば欲深い勢力が隠れている。ロシアの無差別殺戮は決して許されることではない。だが、単純な勧善懲悪の構図だけで国際紛争をみるのは危険だ。
 
 
当初の電撃侵攻作戦の失敗に激怒したプーチンは、戦術核の使用も考えているとされる。ロシアは今も先制核攻撃のドクトリンを維持している。そして
大統領の判断で攻撃が行えるのだ。
 
現在、核戦力ではロシアが圧倒的に有利。アメリカの核弾頭保有数が
5550発に対し、ロシアは世界最多の6255発。
 
しかし、米国がもっとも恐れているのは、ロシアの小型核兵器、いわゆる戦術核だ。米国の10倍の1000発程度所有し、その大半はNATO加盟国との国境に近いロシア西部に配備されているという。
 
核というと、我々は人類滅亡に繋がる「核抑止力」である大陸間弾道弾を思い浮かべるが、小型の戦術核は敵の戦車や軍事拠点をピンポイントで撃破するのが目的の「使える核兵器」。使うとすれば、狡猾なプーチンのことだから、恐らくウクライナ軍に対してではなく、遠隔地で炸裂させて、敵の戦意を喪失さえようとするのではないか。
 
どちらにしても、そうなるとウクライナ戦争の局面はがらりと変ってロシア対NATOの戦争に拡大する恐れがある。
 
ウクライナ戦争はプーチン大統領の終わりの始まりだという見立てがあるが、
私はそう思えない。なぜなら、独立系のメディアの調査でも国内の支持率が80%と高い。背景には国営メディアを使ったプロパガンダと情報統制がある。
プーチンがウクライナを批判するときに使うやファシズムやナチズムという言葉は、独ソ戦争の記憶が残るロシアでは効果的だ。
 
それに、反対派はほとんど粛正されていて反政府運動の旗頭が見当たらない。唯一の候補はプーチンに毒殺されそうになったアレクセイ・ナワリヌイだが、今は彼も捕まってしまった。現行の仕組みで甘い汁を吸ってきた取巻きの元KGB官僚いわゆるシロビキたちが親分を見限る可能性も現在のところ低いのではないか。
 
一方、ロシアの評判が地に落ちても、プーチン支持を変えない国がる。
習近平首席の中国だ。戦争はありえないと確信していた中国首脳部にとってウクライナ全面侵攻はショックだったに違いない。だが、専制国家同士が協力してアメリカを弱体化させるという目的を共有している。
 
それに、バイデン政権と対立が深まる中、習近平は核大国ロシアを温存しておくことは軍事的に有利だ。さらに言えば、ウクライナ危機で弱体化して中国依存を強めるロシアは中国にとって好都合なのだ。
 
プーチンと習近平の大きな違いは、ロシアが武力行使に躊躇がないのに対して、中国は「戦わずして勝つ」という中国の孫子の兵法を重視していることだ。武力よりは経済で勝つというのが国家戦略なのだ。
 
ウクライナ紛争のどさくさに紛れて、中国が台湾を武力攻撃するのではと危惧する声があるが、それは考えにくい。とくに今年は、秋に開かれる5年に1度の共産党大会で習近平は異例の3期目に入り、終身支配を目指している。そのためには波風を立てないだろう。ウクライナ危機はさらに彼を慎重にさせているのではないか。
 
それに現在の中国の軍事力ではアメリカに勝てない。台湾政府が独立を宣言しない限り、中国はじわじわと台湾の経済に浸食して影響力を強め「平和統一」を目論むのではないか。
 
そもそも、台湾問題のルーツは、1972年にアメリカのニクソン大統領が再選のために中華人民共和国を唯一の中国の代表と認め、国際社会に広めたことがある。ウクライナとは並列に語れない。
 
いまやプーチンと習近平の絆は固い。プーチンは軍事的にウクライナを制圧できないと判断した段階で、中国に仲介を求めるのではないか。なぜならウクライナは一帯一路の重要な拠点の一つだからだ。戦後のウクライナ復興にも中国は力を注ぐだろう。中国主導のAIIB(アジアインフラ投資銀行)の投資先としても魅力的に違いない。そもそも中国党くらいなは友好国だ。中国が世界に自慢した航空母艦「遼寧」はウクライナから購入したものだ。
 
それにしても、ウクライナ戦争をどうして終わらせるのか。
マサチューセッツ工科大学(MIT)名誉教授で世界的な反戦知識人である
ノーム・チョムスキーは、核戦争を避けるためにはウクライナがロシアに譲歩すべきだと訴えている。
 
プーチンが要求しているように、ウクライナがNATO加盟を暫時放棄し、東部の親ロシア派支配地域の自治を承認することだ。
だが、残念ながら、現状では戦争を終わらせたくないバイデン大統領とロシアのプーチン大統領が折り合いをつけ、ゼレンスキーがそんな妥協を受け入れることは考えにくい。さてどうするのか。
 

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