豊かな現場

最近、すっかりSNS投稿が上映会の宣伝ばかりになっている菱川です。つくる仕事もそれなりにやっています。昨年の年末に自分の会社の一角にスペースをつくりました。簡単に言えば多目的スペースです。言い方がなんだかかっこよくないなと思って「物語工場」と言ったりしています。まずはお得意の映像の上映会を張り切って始めています。あとは写真展や、ワークショップなどをやりたいな、とか、小劇場として舞台をやりたいな、など小さな夢を膨らませています。

なぜ今、スペースの運営を始めたのか。それは、今の自分や自分の周りのクリエイターたちに必要だなと思ったからです。それはクリエイターがつくったものをお披露目するためという意味ではありません(少しはあるのですが)。

映像の制作を生業としているのでそこを中心に話します。先日、映像制作者たちが集うイベントに登壇しました。すごい熱気でした。人が溢れていました。盛り上がっているように見えました。けれど、僕にはどこか、何か、置き忘れている感じにも見えました。豊かな感じにあまり見えなかったのです。ここでいう豊かさとはおそらく充実感というか地に足がついた感じとでもいうものでしょうか。

クリエイターたちの多くは読んで字のごとく「つくる人」として活躍しています。日々、何かをつくっています。けれど、その末端でどんな顔をしてみていただいているか、とか、例えば自分のつくった物語をおいおいと泣きながら見てくれているような場面を目の当たりにしてはいません。ひょっとすると考えてもいない場合だってあるかもしれない。映画館でチケットもぎりをやってくれている人や、サーバーがダウンしないように必死にメインテナンスしてくれている人、放送局のアンテナを整備する人、など。そういう下支えがあることを忘れる時がある。そして、ディスプレイやスクリーンの前には名前も知らない方々が何日も前から楽しみにして目をキラキラさせて映像を見てくれていることを、クリエイターとして忘れてしまう。自分も、忘れたことがあるかもしれない。

何百万アクセスという膨大な数字を稼ぐ映像を今までいくつかつくった経験もあります。そうやってきて、遅ればせながら、感じました。スペースをつくって自ら立って来ていただく方々にお礼を言ったり、作品を解説したりすることで、豊かさを取り戻したいと思いました。

今日の上映にはお二人の方がいらっしゃいました。上映のプロジェクターがやや調子悪くて本来の画質でお見せできなかったのでいただいた入場料はご返金いたしました。ビジネスとしてみたら、笑われるようなことをしているかもしれないなと自覚しています。けれど、このままだと、現役を引退するときにいい仕事をしたなあと自分を褒めてあげられないような気がして。大好きな映像にだけは嘘をつきたくない。生み出した責任のある仕事をしたいと思っています。

著名なタレントを起用したニーズの高い映像を手がけることはクリエイター冥利に尽きると思います。自分の会社も若手たちがそうやって階段を登って行っていることに目を細めながら見守っています。だからこそ、元気な現場がそこにあるからこそ、猛スピードで突っ走るからこそつい置き忘れてしまいそうな「豊かな現場」を味わいたいと思っています。

たった一人のお客様に感想を伺って、それを明日の糧にする。それを、取り戻したいなと思っています。これは退化でしょうか。老化でしょうか。自分にはわかりません。一つ言えることはこの豊かさは心が温かくなります。