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ダウナー系ヒッチレーサーの末路(謎の秘島と花火編)

??「よし。ももいはるたか、降りろ!」

放り出された場所は、


あまりにも、遠かった。


5月24日、金曜日。出陣前夜の私はめちゃくちゃ鬱であった。
吉田寮ヒッチレース。
日本のどこかに連れ去られ、「あとは無一文&ヒッチハイクで帰ってきてね」という、正気の沙汰でない企画が、まもなく始まる。本音を言えば出たくないのだが、ちょっとニッチな旅サークルを自称するコロポックルのメンバーである私は、さすがにこれに出ないと後ろ指さされるような気がしてしまった。
本当に気乗りしないが、吉田寮に向かう。

吉田寮に結集した総勢44名の参加者が、何台かの車に詰め込まれ、散り散りになっていく。わたしはこれからどんな景色を見るのだろうか。つぎこの京都の風景を見るときは、どんな気持ちなんだろう。怖いような、でもちょっと楽しいような気持ちの船出である。
京大構内を過ぎ、参加者に目隠しが配られる。そしてほどなくして高速に入る。耳に入る轟音、揺れ。


・・・
何時間ほどたっただろうか。
轟音、休憩。それを何度か繰り返したところで、ふいに速度が遅くなる。
下道らしき道を延々走った後、一人目が下ろされる。そして目隠ししたまま船に乗せられ、降ろされ。そして出発から15時間、ふいに車が止まる。

「よし。ももいはるたか、降りろ!」

そうして放り出された場所は、あまりにも遠かった。


何もない漁港。ここはどこなのか、見当もつかない
・・・いや、正直言うと想像はだいたいついている。
高速に8時間は乗っていたから、大体700kmは来てるはず。東に行けば東京なんてとうの昔に通り過ぎている。西に行けば、鹿児島、宮崎、あるいは熊本。そこから船でしばらくいったところ、つまり島原
多分私は長崎の先の先に落とされたのだろう。そんな想像をしながら、とりあえず周辺を見て回ってみる。坂を上ったうえに太そうな道が見える。そこまで登ってみる。
すすけた簡易郵便局がある。車通りはまるでない。静かだ。そんな静かな道で、見つけてしまった。
県道の、あの六角形の標識。

県道47
鹿児島

ここはどこ?

なるほど、私がいるのは、どうやら鹿児島らしい。
…何が最悪かって、陸続きかわからないことである。ここが島原なら、北に行けば長崎市街に出られるわけだが、鹿児島といわれたら想像もつかない。もし行き来た船が唯一の交通なら、私はその船賃をどうにか工面しなくちゃならない
まずは、聞き込みだ。
さっきの港に戻り、近くの堤防で釣りをしていた釣り人たちに聞く。
「すみません、ここがどこかもわからないまま連れてこられちゃったんですが、あの、どうやったら九州に帰れますか…」
釣り人たちの話を総合すると、こういうことらしかった。

ここは、鹿児島県の長島町というところ。
このすぐ北から、天草まで船が出ている。
南にずーーっと行けば、鹿児島の阿久根という街に出る。その街には国道三号線が通っている。
自分たちは熊本から、橋伝いに来た。地元の人間でないから、それ以上はわからない。

いい知らせと悪い知らせが半々である。どうやら、私は陸伝いに帰れるらしい。そして、それはめちゃくちゃ遠いらしい。
そうか。鹿児島までがめちゃくちゃ遠いのか。そうか。
…はあ。

童仙房の時と違うのは、ここが人通りのある、「常識的な」人里である点である。二車線の道だってある。帰るまでの道筋も確かである。…問題はその道のりがとてつもなく長いことだ。

あなたはここから、どう脱出する?



反対側の堤防に地元の人らしき漁師がいた。今度はそちらに声をかけようと、港をぐるっと回る。猫がとことこ歩く、牧歌的な港である。
漁師に声をかける。よく見たらあまりにも入れ墨バチバチである。おっかない。おっかないが、しかしほかに頼れる人などいない。
意を決して聞いてみる。
いわく、 「南の橋を通って国道に出るまでは車で三十分くらい」 「船で天草に行っても、向こうには何もない。天草の港から国道に出るまで、車で2時間はかかる。」
具体的な数字が、ついに出てきてしまった。あまりにも重い数字が。


ちょうど退勤の時間だったようで、車通りがあるというところまでのせていってもらえることになった。

年は自分のちょうど上の、29。10代の終わりと、20代の終わり。そんな不思議なシンパシーを感じる。自分はどんな20代を過ごすのだろうか。そんなことを考えながら、話にふける。
音楽活動をしたあと、この島で漁師になったんだそうだ。人と比べてどうとかではない、海での仕事は満ち足りていて、もう曲を作ろうともならない。
ー私は10年後、こんな満ち足りた暮らしを送れるのだろうか。

途中のコンビニでご飯を買っていただき、さらには入れるのがないのは不便だろうと、家によって鞄まで持ってきてくれた。さらには遠くからでも来る人が多いという、有名なサウナがある温泉まで送ってくださるといい、サウナ代までカンパしてくれた。
いつの間にか車は橋を渡り、国道に出ていた。道を進み、進み、そして丁字路に突き当たる。

水俣 出水←国道3号→阿久根 薩摩川内
こうして私は、早くも離島脱出を果たした。

極楽

午後5時、鹿児島県出水市の温泉前。
漁師の方の帰りがけに乗せてもらい、一台目にして離島脱出を果たすことができた。
考えたら昨日夜中から椅子ガチゴチのプロボックスに詰め込まれ、日本中引き回しであった。スタートしたばかりに見えて、実はだいぶ疲労がたまっている。
そんなときにせっかくだし行ってきなとまで言われたら
…もちろん、行くしかない。

ああ。ヒッチレース中なのにサウナに入る。この背徳感は何だろう。
丁度熱波師が来ていて、人生初のアウフグースなるものを体験した。熱波師がアロマの溶け込んだ氷をサウナストーンの上に置く。狭いサウナを熱気が包み込む。さらに熱波師が音楽をかけながらバスタオルを振り回し、容赦なく熱風を浴びせかけてくる。熱い。熱い。

…水風呂。温泉饅頭のようにふかされた身体に、キンキンに冷えた水風呂(湧き水らしい)が染みわたる。
京都に帰るなんてなんだかどうでもよくなるような気持ちよさだった。

最高。

鹿児島よ、さらば

ヒッチレース中とは思えない極上体験がそこにあった。しかし温泉から出て、服を着て、湯上りのソファーに腰かけてみるとまた現実が襲い掛かってくる。
島を脱出して、もう勝ったような気分でいたが、
しかし、

ここ、鹿児島なんだよなあ…

外に出たら現実に引き戻されるような気がして、10分くらいはグダグダしていたが、意を決して外に出る。夕日がまぶしい。
駐車場に止まっている車は鹿児島、鹿児島、鹿児島‥‥気が遠くなる。
手持ちの紙に何と書くべきか悩み、とりあえず喫煙中のマダムに声をかける。するとなんと、いま時間があるからと15km先の街、水俣まで送り届けてくれることになった。
田舎の国道といった感じのところを進むこと数キロ、県境。鹿児島を越え、ついに熊本に入った。

試される街・水俣

水俣市街に入り、インターの近くでおろしてもらえることになった。しかし途中通り過ぎた道の駅が盛況である。聞けば今日は季節外れの花火大会らしい。道の駅からあふれた車が大量に止まっている。
これはチャンス。道の駅で花火帰りの車を探すことにした。道の駅が国道沿いなのも都合がいい。
マダムにお礼を言い下車。道の駅ほど近くの花火会場へ向かう。


いや、最高の旅じゃないか?

困惑するドライバー


迫力。真上から降り注ぐ光の雨、心臓にどんと来る音。
夏の始まりだ。


花火が終わり、人々が家路につく。私も一仕事しなくちゃならない。
熊本ナンバーの車を選んで、乗り込む人たちに声をかける。
…乗せてくれない。冷静に考えたら、地域の花火大会に何十キロも先から来る人などいるわけがない。
声をかける。断られる。車がどんどん減っていく。
そうしてがらんどうになった道の駅に、私一人が残された。
壁に貼ってある地図を見る。さっきの出水と比べ物にならないくらい北に八代がある。そのさらに先に熊本
そして西に目を向けるとスタート地点の長島町がある。今日半日移動して、南北には全く動いていなかったらしい。
あーあ。
やってらんねえなあ。

そうして花火大会終了から一時間後の夜九時半、道の駅前のベンチでふて寝した。


一時間くらい寝ただろうか。

…寝てちゃいられない。熊本八代と書いた板をもち、休憩中のドライバーに声をかける。また、断られる。心が折れて、結局国道沿いで板を持って立つことにする。誰も止まらない。心が折れて、道の駅での声掛けに変える。
こうして道の駅と国道を行き来する…いや、これがダメなんだ。継続性皆無、まさに自分の性格を思い知らされるようである。
一時間、いや三十分も継続できないで心が折れるってのも、情けない。
時刻は23時30分。国道で0時丁度まで立って、それでだめならもう寝よう。

車は無情にも通りすぎていく。電飾を巻いて、HIPHOPを爆音でかけた自転車の集団が蛇行しながら走っていった。ここ、北九州か???

あと10分。
あと5分。

…そうして、0時を回ったその瞬間


一台の車が止まってくれた。


私を乗せてくれたのは一回り年上くらいのお兄さんで、熊本に行く用事があるわけじゃないが、なんと明日暇だからと送ってくれた。いや優しすぎないか。
そして八代を通り過ぎ、熊本市街で高速を降りる。吉野家でご馳走していただいた牛丼は、世界で一番旨かった。

おいしい

そしてこれから先探しやすいようにと、玉名のPAまで送っていただいた。
水俣からここまでなんと119km。熊本を南から北まで横断したわけだ。本当に頭があがらない。



お兄さんと別れ、再び一人になる。夜中のPA、また長い戦いが始まる。

一日目
(鹿児島県)諸浦島本浦港~出水~(熊本県)道の駅みなまた~玉名PA
続く

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