【テキスト】スキマゲンジ第34回「若菜上」その4

前回のあらすじ。
紫の上が重い病にかかり回復の様子がありません。源氏の君の留守を狙い、柏木が女三の宮のところに忍び込んでしまいます。

スキマゲンジ第35回「若菜下」その4。
誰も悪くはないのに。

柏木は、一向に外に出られない鬱屈した日々を送っています。妻にした女二の宮のことを「同じ朱雀院の娘でも落葉の方を拾ってしまった」という和歌を作ったりしているのは、ほんとうに失礼な陰口です。

源氏の君は、たまたま女三の宮のところに立ち寄っていました。すぐに戻るということもできず、落ち着かなく思っていると、「紫の上が亡くなりました」と使いが来ます。心が真っ暗になった気持ちで二条の邸にかけつけると、女房たちが「ここ数日は少し様子が良かったのですが、急にこのようなことに…」と泣き崩れます。僧たちも祈祷が届かなかったので祭壇などを解体して帰りはじめています。

「それでも、物の怪の仕業ではないのか。そんなに騒ぎ立てるな」と静めて、よみがえるように祈祷をはじめさせます。僧たちは頭から煙を出すようにして必死に祈り拝んでいます。源氏の君は「こんなにあっけなくあなたと会えなくなるなんて、こんなに悔しく悲しいことはない」と深く深く悲しんでいます。

その気持ちが仏に通じたのでしょうか、今までまったく出てこなかった物の怪がそばにいた童女に乗り移り、紫の上は息を吹き返したのでした。物の怪は童女の身を借りて言います.。「源氏の君にだけ申し上げたいことがあります。あまりに祈祷の力が強くてつらいので、同じように苦しい目にあわせてやろうと思っていましたが、源氏の君が命懸けで祈っておられるのを見て、今でこそこんな姿ですが、昔の気持ちが残っていますので、こうして出てまいりました。決して知られまいとしておりましたのに」と泣く姿が、昔見た物の怪と同じなのです。

「本当にその人なのか。悪い狐などではないのなら、はっきり名乗れ。人の知らないことで私が思い当たることを言ってみるがよい。そうすれば少しは信じてやろう」と源氏の君が言うと、物の怪はほろほろと泣き崩れて「私はこんなにあさましい姿になりましたが、知らぬふりをしているあなたは昔のままのお姿なのですね。ああつらい。薄情なこと」と言う気配は昔と変わってない様子です。

「中宮のことは本当に嬉しくかたじけないと思っておりますが、世界が違うので、子どものことはそれほど覚えていないのです。やはり、自分がつらいと思っていた執着の心はとどまることがありません。その中でも、生きていた時に軽く捨てられてしまったことよりも、ついでのように扱いにくい女だったとおっしゃったことが恨めしくて。人が悪口を言っていてもかばってほしかった。この紫の上を憎いと思ったことはありませんが、あなたは守りが強く近寄れなかったので、声だけをほのかに聞いていたのです。どうかわたくしが成仏できるように法要をしてください。中宮にも、人を妬む心は持たぬよう伝えてください。ほんとうにわが身がくやまれるのです」
などと言い続けていますが、物の怪と語り続けるのもみっともないことなので、封じ込めて、紫の上はこっそりと部屋を移動させるのでした。

紫の上が出家したいと一心に思っているので、髪にしるしほど鋏を入れ、仏との縁を結ぶ「五戒」だけは受けさせます。その間じゅうも、源氏の君は見苦しいほど側に寄り添って涙をぬぐいながら仏に祈っています。どんなことをしてでも紫の上を救いたいと、昼も夜も考え悩んでいるので顔も少しやせてしまうほどでした。

物の怪の罪を救うための供養をしますが、まったく消え去ることはありません。紫の上が弱ると源氏の君がひどく嘆きます。紫の上は「私はこの世に未練は残っていないけれど、このかたをこんなに歎かせてしまうのは私の思いが至らないからです」と気をしっかり持って薬も飲んだおかげか、6月になると頭を起こせるくらいに回復しました。源氏の君はまだとても心配なので、六条の邸にはまったく戻らないのでした。

女三の宮は、あのことがあって嘆いていましたが、妊娠の兆候が表れ、食欲もなくやつれています。柏木が時折やってきますが、宮はずっとひどいことだと思っています。幼い頃から源氏の君のすばらしさに慣れている宮は、柏木をただ身の程知らずだと思っているのでした。

女三の宮の具合が悪いと聞いて源氏の君が六条の邸に戻ってきました。柏木は何を考え違いをしたのか、恋しさを書き連ねた文を宮に送ってくるのでした。宮が、気分が悪いので見たくないというのに小侍従が広げて見せます。その時誰かが来たので、小侍従は几帳を引き寄せてそのまま出て行ってしまいます。入ってきたのは源氏の君でした。p宮はちゃんとした場所に隠すことができず、敷物の下に隠すのでした。

翌朝、源氏の君は、ふと目をやった敷物の端から文のようなものが覗いていることに気づきます。手に取ってみると、柏木の筆跡です。宮はまだ眠っています。源氏の君は「なんと幼稚な。こんな文を人目に触れるようなところに置くなんて。こんなふうに奥ゆかしさがないから油断できないのだ」と思うのでした。

源氏の君が二条の邸に帰って、女房たちも減ったので、小侍従が宮に文のことを告げます。宮はびっくりしてただ泣くばかりです。

源氏の君は二条の邸に戻ってからも文を見ながらいろいろと考えています。妊娠しているのも柏木のせいだと思い当たるし、柏木の身の程知らずに腹も立ちます。宮が柏木ごときに心を傾けるとも思えません。すべてのことを、態度に出してはいけないと思うにつけ、亡くなった父帝もすべてを知っていたのかもしれないと思い、自分の犯した過ちを恐ろしく思い、恋の道はとがめることはできない、とも思うのでした。

柏木も小侍従から文のことを聞き、源氏の君に会うのがおそろしくて参内もできなくなってしまいました。

朱雀院も女三の宮が懐妊してから食欲もなく弱っているのを聞き、心配しています。そんな中、妊娠したころには源氏の君は二条の邸で紫の上の看病をしていたと言う人もいて、さらに院は心配し、文を送ります。院から文が来たのを見た源氏の君は、自分が責められているようで不本意に思うのでした。ついついくどくどと皮肉を言ってしまいます。

やがて朱雀院の50歳のお祝いの行事が開かれます。柏木はこれほどの大きな催しにも、病が重いと言って参加しません。源氏の君は、自分に遠慮しているのではないかと心配して、特別に文を送ります。父大臣も、失礼に当たるからとたびたび催促するので、柏木はつらいと思いながら参上するのでした。

久しぶりに見る柏木はひどく痩せて青白い顔をしています。源氏の君は、あえてさりげなく話しかけます。それに対する柏木の受け答えもしっかりしているとあらためて源氏の君は大したものだと思うのでした。

宴が始まり、源氏の君が「年を取ると酔うと泣いてしまいます。柏木が笑っているのが恥ずかしい。でもいつまでも笑ってはいられないんですよ。誰もみな年を取るんですからね」と柏木の方を見ると、柏木は誰よりもかしこまって真面目な顔をしています。源氏の君は酔ったふりをしてこんなことを言ったのでした。それは冗談のようでしたが、柏木は胸が苦しくなり、盃が回って来ても口にもしません。それを源氏の君がみとがめて、何度も酒を勧めます。

柏木は心が苦しくて我慢できなくなってしまい、まだ宴が終わっていないのに退出してしまうのでした。

そして、柏木は本当に病気で寝込んでしまいます。帝からも院からもお見舞いがやってきます。源氏の君も驚いてたびたび見舞いの人を行かせます。まして夕霧は親友でもあるので、近くに寄って心配するのでした。

次回スキマゲンジは第36回「柏木」。女三の宮が出産します。そして柏木は。女三の宮は。

許されぬ恋の結末。お楽しみに。


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