【テキスト版】巻1(2)殿上闇討【スキマ平家】

清盛の父、平忠盛がまだ備前守だった時、鳥羽上皇のために「得長寿院(とくちょうじゅいん)という寺を建て、三十三間のお堂を立て、1001体の仏像を安置した。その褒美として但馬国をいただき、さらに感動した鳥羽上皇は忠盛に四位(しい)という位を授け、内裏に上(のぼ)ることもお許しになった。忠盛36歳にして殿上人となったのである。葛原親王から240年ぶりの宮中への復帰である。

他の殿上人たちはこれを妬み憤り、秋の五節会という宮中での大イベントの時に忠盛を闇討ちにしてやろうと企てる。忠盛はこれを伝え聞き、
「武士の家系に生まれた者が、闇討ちなどという辱めをうけることは情けないことだ。仕方がない、わが身が無事であってこそ鳥羽上皇さまに忠義も尽くせるということだ」と
言って、闇討ちに対抗する支度をするのだった。

参内するときから、大きな鞘巻きを束帯の下に無造作に差し、時々は暗い方に向けて静かにこの刀を抜いて鬢に当てるなどしてみせるのだった。闇討ちを企てていた殿上人たちは目を見張った。

忠盛の家来で元は同じ姓を名乗っていた平家貞という者がいた。薄青い狩衣に萌黄威の腹巻、太刀を脇挟んで殿上の小庭に控えていた。蔵人頭(くろうどのとう)はじめ皆が怪しんで「あれは誰だ」「狼藉である」「すぐに出ていけ」と六位の者に伝えさせた。

家貞はかしこまって「先祖代々からの主君である備前守忠盛さまが今夜闇討ちにお遭いになるということを聞きましたので、なりゆきを見守るためにこうして控えております。立ち去るわけには参りません」と申し上げるので、それを具合が悪いと思ったのか、その夜の闇討ちはなかった。

忠盛はまた、五節会の時に上皇や帝の前で舞を披露したことがある。

「伊勢のへいしを知っておられるか?」
「あそこで舞うておられる平氏なら知っとりますけれど」
「ああ、あれではのうて、伊勢のやきもんの、酒を入れるカメの瓶子のことですわ」
「ああ、ああ、伊勢のへいしは出来が悪いから、酒は入れずに酢ぅを入れるいうやつでございますなぁ。伊勢の瓶子は酢甕や言うてな」
「伊勢のへいしはすがめや、言うてな」
「伊勢の平氏は眇目とは」

忠盛たち一族は桓武天皇の末裔とはいえ、都に暮らすことも減り、伊勢に長く住み着いていた。そして、忠盛は片方の目が悪く、それは「眇目」と呼ばれる状態だった。それを公の宴の場で囃し立てられたのだった。

忠盛はどうしようもなくて、宴の途中でひそかに席を立ち、宮中の雑用係の主殿司(とのもづかさ)に太刀を預けていると、控えていた家臣の家貞が「どうなさいました」と近くに寄ってきた。

今受けた仕打ちを話しでもしたら、すぐにでも切りかかりにいくような顔で心配しているので、「いや、変わったことではない」と答えてその場は何とかやり過ごすのだった。

ちょっと昔のことだが、藤原季仲(すえなか)という人が五節会で舞を舞った時、この人は色黒だったので、人々は「ああクロクロ、黒い顔だね、誰が漆を塗ったのか」と囃し立てたそうだ。また、花山院の時の太政大臣の忠雅公は幼い頃に父親に死に別れなさったのだが、播磨守が婿にもらい受けて礼儀作法や教養を教え込んで華やかな暮らしをさせたという。この人も五節では「播磨の米はヤスリ代わりの木賊(とくさ)か椋の葉か、人間を磨き上げるとは」と囃された。

「昔はそんなことがあっても何事もなかったけれど、今の世ではどうなることか」と心配する人たちもいた。

五節会が終わると殿上人たちは揃って
「わたくしたちが公の宴に剣を携え、家来を伴って出入りするのも、格式の礼儀を守ってやっていること。それやのに忠盛は『先祖代々の家来だ』などと狩衣姿の侍を小庭に連れ込み、自分は大きな太刀を腰に差して列席するなどと、前代未聞の狼藉でございます。すぐに官職を解き、宮中への出入りを禁じるべきやと存じます」
と訴えを起こした。

驚いた鳥羽上皇は、忠盛を呼んで尋問する。

忠盛は
「まず、家来が小庭に控えていた件についてはわたくしは全く預かり知らぬことでございます。が、ここ数日、人々が何か不穏なことを企んでいるという噂を聞いて、私に知らせず密かに控えていたのでしょう。それについて罪を問われるのであれば、まずはその不穏な企みについてのお調べをなさるべきかと。刀の件につきましては、主殿司(とのもづかさ)に預けておりますので、お調べください」と答える。鳥羽上皇はそれもそうだと思い、刀を持って来させて調べてみると、刀の中身は木刀に銀箔を貼ったものだった。

鳥羽上皇は、「後日訴えを起こされることを予期して、木刀を刀のように見せていたという抜かりなさは見事である。武人の心がけはこうありたいものだ。家来のことは忠盛の責任ではない」と、お褒めの言葉を下さった上に全く罪に問うこともなかったのである。

次回予告
忠盛はその機転と才能で宮中での地位を盤石にしていきます。そしていよいよ清盛の時代になります。


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