【テキスト版】巻3(11)無文(12)燈籠(13)金渡

前回のあらすじ
平家一門の安泰を自らの命と引き換えに祈った清盛の長男重盛は、43歳の若さで亡くなってしまいました。大臣という地位を私利私欲のために利用せず、国の恥ということを常に考えての最期でした。

重盛は生まれつき不思議な人で、未来を予見することもできていたのか、まだ病にかかる何か月も前に不思議な夢を見た。重盛は夢の中である浜辺を歩いていた。その時、傍らに大きな鳥居があるのを見つけ「あれは何の鳥居だろう」と聞くと、誰かが「春日大明神の鳥居である」と答えた。そこには人が大勢集まっていて、その中心では、大きな法師の首を太刀の先に貫いて高く差し上げているのだった。「誰の首だ」と問うと「平清盛の首だ。悪行の度が過ぎているので、春日大明神が召し捕らえられたのだ」と答える。

そこで重盛は目を覚まし、我が平家は保元平治の乱以来、何度も朝敵を征伐し、帝の外戚となり、太政大臣となり、一族の昇進は六十人余り、二十年以上にわたって繁栄し、比ぶべくもないのに、父清盛の悪行で一族の運命が尽きてしまうことになるのだ、と泣くのだった。

その時、妻戸を叩く音がした。瀬尾兼康という古くから平家に仕える武将だった。その男が、重盛と全く同じ夢を見たと告げに来たのだった。

翌朝、重盛の嫡男維盛が後白河法皇のところに参上するのを、重盛は呼び止めて、酒を勧める。そして錦の袋に入れた太刀を維盛に渡すのだった。維盛は「これは我が家に伝わる小烏丸という太刀でございますね」と見ると、そうではなく、大臣の葬儀の時に用いる無文の太刀だった。維盛が顔色を変えたのを見て重盛は涙をほろほろと流しながら「これは、大臣の葬儀の時に身につけてお供する時の無文という太刀だ。父上にもしものことがあった時のために私が用意していたのだが、おそらく私が父上に先立つと思うので、そなたに与える」と言うのだった。維盛はどう返事をしていいかわからず、涙をこらえて邸に戻り、その日は一日籠って過ごした。その後、重盛が熊野に参詣し、ほどなく病に臥して亡くなった時、維盛は合点がいったのだった。


また重盛は来世のことを常に思っていて、阿弥陀仏の四十八願になぞらえて、東山の麓に四十八間の寺院を建てた。そして、その一間にひとつずつ燈籠をかけたので、それはまるで極楽浄土のように光り輝くのだった。毎月二日ある法要には重盛も念仏を唱えるので、重盛だけは阿弥陀仏に救われるだろうと思われるほどだった。

ところが重盛は西に向かって手を合わせ「どうかこの世界のすべての衆生をお救いください」と祈るのである。見ている人々はみな感動の涙を流した。このことから、重盛のことを「燈籠大臣」と呼ぶようになったのである。

また重盛は罪を滅ぼして善を生ずるという志が深く、「わが国ではいつまでも子孫に後世を弔ってもらうことは難しいだろうから、他国で善を積み、後世をお任せしよう」と、九州の船乗りを呼び、「お前はたいへん正直者だそうなので、お前に金五百両を与える。そして、こちらの三千両を宋の国へ持って行き、千両を育王山の僧に贈り、二千両を帝に献上して、重盛の後世を弔うように伝えてくれ」と言うのだった。

船乗りはそれを預かり、宋に渡る。言われたように育王山の僧と帝に金をことづけると、僧たちも帝もたいそう感激するのだった。それで、日本の大臣平重盛公が来世浄土に生まれ変わるための祈りが、今でも続いているのだという。

【次回予告】
重盛が亡くなったあと、京では大きな地震が起き、人々は不安にかられます。そんな中、清盛の朝廷への不満も爆発するのでした。




この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?