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輪島で過ごした三日間


どんな言葉が
願いが景色が
君を笑顔に
幸せにするだろう

とある歌のフレーズが
答えも見つけられないままに
くるくる回り続けています。

2024年11月5日

私の目の前に現れた輪島の光景。
それはもう
地上のものとは思いたくない
できれば夢であって欲しい
映画であっても耐え難い

もう本当に
言葉にするのも受け止めるのも精一杯な光景で
心の置き場に戸惑いました。

どうにか平静を装うことができたのは、町野町まで連れて行ってくださったお友達が、祈りの音楽を添えてくださっていて、祈りとともに、その場にあることができたこと。

音楽が私たち人類の心にもたらす無限の可能性に、助けていただけたおかげでした。

被災地は、慣れているつもりの私の認識の甘さを
線状降水帯は考えたくないと言って天気予報や水害を蚊帳の外にしていた自分の甘さを思い切り叱責された心地にもなる瞬間瞬間。

何十年もかけてその地に生き、人々の暮らしを守ってきてくださってきた大きな森の、山々の、太くてしっかりした幹を持つ巨木たち。

その最期の姿を目の当たりにしてしまうこと。

山から倒れ、洪水となって海まで届き、海でみぐるみ剥がされて、海岸沿いにうちあげられた木々さんたちの最期の姿。

そしてその木々たちと、動物と共にある暮らしておられたであろう人々の営み。
日常。
毎日のお台所や食事の光景。

そのことを思うとき
それ以上の言葉も思いも
繋がらなくて。

ただただ今この瞬間は
これ以上
雨が降りませんように
雨が止みますように
明日は晴れますようにとしか
思えなくなっている
自分がいることに気がつきました。

2024年の能登半島地震以来
初めて1人で
輪島の夜を過ごしました。

やっと再開してくださったお宿も床上浸水で食事はなく、近くのスーパーまで歩いて買いに行ったのですが

その雨の
その雨粒の、大きいこと。
痛いこと。
痛みをともなう雨があること。

この雨が
あの山崩れを生み出したのかと思ってしまうと
もうもう雨が怖くって。

雨の中
歩くことすら
恐怖に感じる私がいました。

雨が怖くなるということ。
山が怖いと思うこと。

そう感じている自分自身を
まずは許してあげるということ。
自分の心も守りつつ
いま私に可能なことを
全力で考え
一歩でも
半歩だけでも前にすすむ。

そうすることが
今の私にできること。

うまくまとめられそうにないですが、私が私であるために、
私らしくあるために、今この瞬間もこれからも、動き続けていきたいと思います。

一瞬でも
1秒でも長く
輪島の皆様の御心に
平安の時が訪れますよう
祈りを込めて。

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