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【凡思社】http://bonshisya.com 【Psycho le Cemu】http://psycholecemu.com 【MIMIZUQ】https://mimizuq.com 共同通信社「凡人、ビジュアル系バンド道をゆく」 音楽専科社SHOXX「凡人水族園」

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    凡人水族園~筆記帳~第一回

     「四十にして惑わず」人生の指針を示す素晴らしい言葉だと思う。実際四十を迎えてしまったビジュアル系バンドマンの今の心境は「どないなんねん。どないすんねん。」四十にして選択を突きつけられる惑いまくりの日々を過ごしている。  先日、二十数年振りに高校の恩師と再会した。友人を介し連絡を取ってもらい先生の地元の居酒屋で逢うことになった。緑頭ピアスに一瞬ギョッとしたような表情を浮かべた先生。「タク。元気しとったんか。」先生の低い声「タク」という呼び名に一瞬にして学生時代にタイムスリッ

      • 凡人水族園~筆記帳~第三十九回

         前号のMIMIZUQボーカル森 翼に続き、Psycho le CemuボーカルDAISHIの話。ボーカルという選ばれし者だけがなることのできるパート。ステージのセンターに立つ人間にまともな奴はいない。常人でないがゆえ持ち合わせる特殊能力。その魅力に観る者は惹きつけられるのである。

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        • 凡人水族園~筆記帳~第三十八回

           森 翼という人間と同じステージに立つようになって一年が経った。彼のそばにはいつも音楽が流れている。音ともに生きる旅人なのだ。  今年の誕生日にはサプライズでステージに登場して僕との馴れ初めを即興で曲して歌を届けてくれた。

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          • 凡人水族園~筆記帳~第三十七回

             aieさんとの初のFC旅行が終わった。 箱根強羅で初めての夜を過ごし、高尾の山を登った二人が旅の地として選んだのは「熱海」。響きがいい「熱海」。夏の終わりの「熱海」。昭和と令和を行き来するかのような町「熱海」いいじゃない「熱海」。

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            凡人水族園~筆記帳~第三十六回

             今年はPsycho le Cemuデビュー20周年の節目。「メジャーデビュー」という言葉の響きは20年前と現在では大きく異なっているのかもしれない。多くのバンドマンにとって夢であり、チャンスであり、輝かしいステータスだったと思う。ファンの方にとっては応援してきたアーティストが「手の届かない存在になってしまうのでは」という想いも含めて喜ばしいだけの言葉ではなかったかもしれない。

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            凡人水族園~筆記帳~第三十五回

             長年生きていると他人様には到底理解できないと思うが、自分の習性というものが知らず知らずの間に固まってきて身動きの取りづらいような生き方を選んでしまっていることがある。

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            凡人水族園~筆記帳~第三十四回

             春の旅に出た。Köziさんとaieさん。先輩二人を連れ立って。我が故郷、姫路へ。 前回aieさんと来姫した時のこと。公園を歩く家族。その光景を微笑ましくみていた僕ら。母親が息子に向かって放った言葉「どないっしょんどい。早よ歩かんこい」まさか女性の口から出た言葉とは思えず耳を疑った。 ホテルへ向かう為タクシーを止める。トランクに荷物を積んでいると肩幅以上に足を開き真っ直ぐタクシーに向かってくる男性「おい、こら何処に車止めとんどい。早よどかさんこい」運転手は目を合わせること

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            凡人水族園~筆記帳~第三十三回

             八年程前。旅先でのひとり飲み歩きをコミュニケーション能力を高める修行と考え全国各地で暖簾を潜り戦いを挑んでいた。  凡人水族園 第百四十九回で訪れた大根の漬物「クロハリ」を出してくれた金沢の店のエピソードを覚えてくれている読者はおられるだろうか。

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            凡人水族園~筆記帳~第三十二回

             バンド生活二十三回目の春を迎える。人生の半分以上をバンドマンとして過ごしてきた事になる。同じくバンドを共にしてきた同級生のAYAくんやYURAサマのように高校を卒業するときから「プロでやっていくんだ」という強い意志があったわけではない。先輩でもあり僕から見ると既にプロに見えていたDAISHIさんに声を掛けられた所から僕のバンドマン人生がスタートする。

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            凡人水族園~筆記帳~第三十一回

             僕達が見てきた景色はなんとなくいつまでも続いていくように思っていた。 活動二十数年の間にバンドを取り巻く環境も随分と大きく変わった。前号に続き、記憶を文章にして残しておこうと思う。

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            凡人水族園~筆記帳~第三十回

             人生を四十数年、バンドマンを二十数年続けていると自分を取り巻く環境、時の移ろいというものを感じるようになってきた。形あるものいつかは壊れていくのは世の常である。記憶と想い出をしたためておこう。

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            凡人水族園~筆記帳~第二十九回

             二〇二二年一月六日。寒い。温かな毛布に包まって布団から出ることができない。ゴロゴロすること数十分。アルコール漬け二日酔いの身体と正月ボケを払拭するべく意を決して布団を抜け出した。まるで抜け殻のような布団を踏みしめながらカーテンを開ける。東京の街に雪が降っていた。

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            凡人水族園~筆記帳~第二十八回

             大阪に行くと立ち寄るホルモン屋がある。ここ数回、コロナ禍も重なり大好物のナマセン、アカセンに有り付けずにいた。日本が月蝕に湧き立つ夜。久しぶりに店を訪れた。

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            凡人水族園~筆記帳~第二十七回

             Psycho le Cemuの旅がはじまった。2020年2月の終わりに時間を止めた全国の旅。今尚決して良くなったとは言えない状況ではあるが僕達はこの2年間で経験してきたことを踏まえ一歩ずつ進んでいくことを選んだ。

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            凡人水族園~筆記帳~第二十六回

             2020年5月3日。Psycho le Cemu21回目の結成記念日に立つ予定だった故郷、姫路市文化センター大ホールのステージ。新型コロナウィルス感染拡大の影響を受け1年と3ヶ月という時を経て、その舞台へ立つことができた。2021年内をもって閉館する姫路市文化センター大ホール。最後のチャンスだった。

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            凡人水族園~筆記帳~第二十五回

             長引く四十肩から「肩腱板損傷」に至り病院を転々としながらドライヤーが壊れた後厄の僕のその後の物語である。  最終的に肩の専門医がおられる病院を紹介され聞き馴染みのない「サイレントマニュピレーション」という治療を受けることになった。

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