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漫画トライガンとキリスト教 《ウルフウッド編》

盟友ウルフウッドを語る回です。牧師である彼に言及しない訳ないですよ。もちろん語ります。
意外ですが、ヴァッシュより牧師の彼の方が聖書ネタが少ないです。


登場したてが一番牧師らしい

無印3巻(徳間書店)。ウルフウッドが物乞いの子供たちに捕まり、所持金コイン3枚のうち2枚を渡してしまいます。それを見たヴァッシュに自然と笑みが浮かぶ描写。ここから連想するのは「寡婦の献金」でしょうか。

「あの貧しい寡婦は献金箱に投げ入れている人の中で、誰よりも多く投げ入れた。他の人々は有り余る中から投げ入れているのに、あの寡婦は貧しい中から、その持っているすべてを、生活費のすべてを投げ入れたからである」(マタイ12•41)
注)昨今、献金という言葉は胡散臭すぎですが、ここでの献金箱とは弱者への施しと捉えてください。

聖書には持っている全財産を弱者に与えてこそ偉い、という教えがいっぱい出てきます。普通の人間には無茶振りな金額をわざわざ提示し、当然実行できる人はいません。でもそうするのが「よい人間」なんだという意識だけは根付いていきます。

ウルフウッドは本人も金がない側なのにさらっとそれをやったので、最初子供たちを止めようとしたヴァッシュも驚いて、そして笑顔になってる。

ウルフウッドに関して聖書由来と思えるエピソードは全巻通して2箇所ぐらいなんですが、その一つがこれ。なぜそんな少ないのでしょう?たぶん彼はわざわざ言及する必要もないほど聖書が日常なのではないかと思います。

ちなみに牧師というのはプロテスタントですが、プロテスタントには懺悔室というものがありません。信徒一人一人の心の中に礼拝堂や懺悔室があるという考えなので。ウルフウッドの懺悔箱はまぁ…関西式ボケかな。笑

神と気軽ぅ会話

ウルフウッドはよく神に話しかけます。というかいつも其れ在きで物事を考えている。

主よ世間は思い込みと偏見に満ちています

「トライガン」3巻 内藤泰弘 徳間書店

日常会話で愚痴を言ったり、

これ以上またおぞましい血でワイのてを染めようちうんか 神よ… 一度転けたら どこまでも堕ちていけちうんか!

「トライガン」3巻 内藤泰弘 徳間書店

不本意に堕ちている我が身を嘆いたり。

酷い目にあったから神を信じない、という感覚は一神教の中では希薄です。どんだけ酷い目にあっても「なぜこんな酷い目に遭わせるんですか!神よ!でもあなたを信じます!」てのが、良き信者の態度であり、そこで信じられなくなるのは弱っちくてダサい扱いとなります。はたから聞くと怖いですよね。
でもそこで信じるのをやめてしまうと今後救われる可能性もゼロになってしまうんですよ。人間立っていられなくなります。

ウルフウッドは無理矢理ミカエルの眼に入れられて酷い目にあったわけですが、その環境でまず彼がやった事はマスターチャペル暗殺とナイブズ殺害計画。
最悪すぎる状況に押し込められたのに、そして彼自身がまだティーンなのに、孤児院の子供達の為と人類の為に常に最善策を選び続けるんです。すごい善性です。

マキシマム最終話を読みながら、なぜウルフウッドだけ白紙の切符は無かったのだろうと思ったりしたのですが、彼はもうずっと与えられた白紙の切符を最善の形で切り続け、レムのように最後まで使い切ったのかなと、思えたりしました。

選ばなアカンねや!!! ワシら神様と違うねん 万能でないだけ 鬼にもならなアカン…

「トライガン マキシマム」1巻 内藤泰弘 少年画報社

本当に高いところに神様を見ていて、

祈りながら 頭に二発 心臓に二発

「トライガン マキシマム」2巻 内藤泰弘 少年画報社

なんて祈ってるんでしょうね。彼のことだから自分の正当化ではなく、今から殺す相手のために祈ってそう。主よ憐れみ給え。

奴は死なへんのか 絶対の存在を許されとるゆうわけか?

「トライガン マキシマム」3巻 内藤泰弘 少年画報社

許すのはもちろん神。キリスト教では、禁断の実を食べた原罪への罰として人間に死があります。死が無い、というのは「超越神」の次元。神の次元に属する者が目の前にいるかもしれないと。これはコワイですねぇ。

ちなみに。イエスが肩代わりして原罪を贖ってくれたおかげで、それまで「絶望と虚無の死」であったものが「神のもとへ行く死」へと変わりました。この原罪とキリストの贖いの設定を受け入れる人を"キリスト教徒"と呼びます。

ここから救い出してくれなんていわへん ただ…「明日へつながる希望をくれ…」神よ…

「トライガン マキシマム」4巻 内藤泰弘 少年画報社

いじらしい。謙虚です。救い出してくれと言っていい状況なのに彼は自分で出来うる限りのことをしながら、それ以上を求めません。まぁ助けを求めても返事は来ないことは知ってますし。
でもこのセリフの直後に亜空間通信が繋がるんですよね。神様助けてくれたよウルフウッド〜良かったね〜。泣


一神教が頭の中に根付いてる人というのは、日常でめちゃくちゃ神と対話します。悩みがある時、選択しなくてはならない時…。
ほら、地球艦隊の艦長だって話しかけてます。

神よ…私は今から罪深き引き金を引く だがこれは銀河人類史に於ける重要な一撃であると確信する どうかご加護を…

「トライガン マキシマム」14巻 内藤泰弘 少年画報社

もちろん相手は答えないので神に問うている形の自問自答なのですが、この艦長のは直後にナイブズによって弾き返されるので、艦長さんは「ええ?!神様おれ間違ってた??」て一旦冷静になったことでしょう。だから無知なまま引き金を引くなとあれほど…!いや艦長さんの立場なら先手打たないと取り返しがつかない事態だって有り得る難しい立場だけど…!

この神との対話システム、いつでも無料で話せる全知全能のカウンセラーが脳内にいる感覚で大変便利なんですが。この自問自答を「祈り」と呼んだりします。

日本人の祈りの感覚とちょっと違うのは、祈った時点で神には届いていて、でも聞き入れてくれるとは限らない。神の考えは人間には解らないからです。願いが叶わないのは届いてないからではなく、神のご計画に沿えてないのではと人間の方が軌道修正したりします。

しかし、トライガンは神はもちろん出てこないし宗教も前面に押し出してないのに、展開の状況から神を感じ取らせるという、とても高度で、現実に近いリアルな肌感覚を描きますね。上手すぎる。

何やっちゅうねん… 神様…よう神様… 人殺しは人殺しか 綺麗事ぬかして笑かすないう事か…ワイは…「間違ってるいうんか」
「間違ってないぜ ウルフウッド!!」

「トライガン マキシマム」8巻 内藤泰弘 少年画報社

ここホント、ウルフウッド嬉しかったと思いますよ。助けてくれた事と「間違ってないぜ」と言葉にしての明確な肯定。しかも言ってるのは翼の生えた異形。ヴァッシュを通した神の言葉だと受け取ったんじゃないかな。

でも…あいつは一度も言い訳をせえへんかった

「トライガン マキシマム」9巻 内藤泰弘 少年画報社

あの桁外れの一途さならワイは信じてもいい こわいで?何ひとつ見限らない男というのは

「トライガン マキシマム」10巻 内藤泰弘 少年画報社

友達できてんで 俺よりアホやねんで

「トライガン マキシマム」10巻 内藤泰弘 少年画報社

こんな所で何してるんですかゆう事や あきれたわ ごっつあきれました おまえどこまでアホやねんかと

「トライガン マキシマム」10巻 内藤泰弘 少年画報社

そして怒涛の勢いでヴァッシュへの友愛を確信していく10巻。信仰の欠片が入り混じったみたいな友情。特別感がものすごいです。

来てくれたヴァッシュへの呆れのモノローグの時に教会の十字架とヴァッシュの羽根が描かれてます。あえてこのカットにするところから、ウルフウッドが神の采配を感じて歓喜している心象表現に見えます。来てくれたヴァッシュ、寄越してくれた神、ウルフウッド嬉しかっただろうなぁ。号泣

イエスって救世主だし神の子なんですけど、信者的には共に歩いてくれて辛いときは背負ってくれたりする存在なんですよ。ヴァッシュは死ぬし、神じゃないし、ただのヴァッシュだけど、……イエスみたいやな。て思ってたんじゃないかなぁ。

THE BRIDE

最期にヴァッシュと酌み交わしたお酒。牧師が最後に選んだ酒のラベルが花嫁。これは深読みしたくなります。

ここでやっと2つ目の聖書ネタ。
聖書で花嫁というと「教会」を指したりします。すべてのキリスト信者の事です。そして花婿はキリスト。さらに「花嫁になる」だと天国に入るという意味になります。

あのウルフウッドが死を前にして、天使の形をした人外、尋常じゃない不殺を実践してて、敵も隣人も愛し、まるで聖書のイエスの教えを体現した、盟友で、駄々っ子のヘタレで、助けに来てくれたトモダチのヴァッシュに 、「送り出してくれ」という気持ちを込めたとも読めるのです。

連載当時ちょうど「キル・ビル」というアメコミ映画が公開されていて、主人公のコードネームがザ・ブライドだったそうで、そこから取ったのではという説が説得力ありました。でも作者も「一緒に死ぬつもりで描いた」と仰っていたらしいのであのラベルに何重もの意味を込めてるんじゃないかなぁ 。

普通に嫁さんもらう人生やりたかったな。お前もそうだろヴァッシュと思ってたかもしれないし。でもそれだとラベルには女性のモチーフがありそう。…描かれてるのは十字架なんですよねぇ。

そして彼が亡くなった時に鐘が一度鳴る描写。もう建物には誰もいないし、ヴァッシュも鳴らすような動作はしてない。これはどういう意図だろう?

カトリックでは鐘を鳴らすのは、時間と、あとは聖変化の時です。ミサの最中にパンと葡萄酒の儀式をするのですが、そこで「今ここに聖なる事が起こりましたよ」という意味で鳴らします。
神…現れたのかなぁ、ウルフウッドを祝福したのかな… 泣

あぁ神さま ひとつだけ かなえてください

「トライガン マキシマム」10巻 内藤泰弘 少年画報社

その時のヴァッシュ祈り。ここでなんで主人公の叶わぬ祈りをあえて入れたのかと疑問に思ってましたが、ふと、もしかしてこれは現代版「エリ・エリ・レマ・サバクタニ(我が神、我が神、なぜ私をお見捨てになったのですか)」(マタイ27•46) なのでは?
うぁ〜 やはりヴァッシュ=メシアじゃないですか。
辛いことは起きるし、良い方向に全然覆らないし、メシアですら救えないし、でも人生はこれからも続く…という。


ウルフウッドって、すごく真っ当な人ですよね。教会孤児院で育って染みついたキリスト教の善悪観を、スレてない若い少年の健全さで実践し続けた。まともな信仰がある人ってカルトが入り込む余地がなくて跳ね除けちゃうんですよ。そんな精神が人外級の強い肉体の中に入っていたからこそ、150年生きてる博愛人外の盟友になれたのではないかと思います。

日本の漫画でここまで凄惨な目に遭いながら最期まで信仰を持ち続けたキャラって居ないんじゃ無いでしょうか。外国の読者にもそこのところ違和感持たれないのすごいですよ。「ウルフウッドは私が出会ってきたクリスチャンぽくてリアル」という英語圏ツイートを以前見かけました。そう自然なんです。

でもミッドバレイたちの墓前でウルフウッドが手にしていた十字架のネックレス。あんな鎖の形をしている十字架は私は見たことがなく違和感。
手を合わせて礼をする人に「宗派違うやろ」もあまり言わないかも。(クリスチャンも手を合わせて礼しますし、特にプロテスタントでは他人の信仰の仕方に口を出すのは良くない事でもあり)
これを根拠に私は作者はクリスチャンではないと思ってます。
まぁそこは作者もこだわってほしくないだろうと思うのでスルーで。とりあえずほんっと、唯一無二の素晴らしいオーパーツみたいな作品を描き上げてくださって本当にありがとうございました。

アニメのおかげで出逢い直せた奇跡にも感謝。アニメがなかったら読み返す事はなかったかもしれない。

知り合いのクリスチャンたちに読ませて感想聞きたいなぁ。みんな真面目だし年配だから漫画の読み方とか知らないかな。笑


『トライガン』 マンガDX+ 少年画報社 公式マンガアプリ
https://mangadx-plus.com/comic/viewer/CT00000185/CE00005684

『トライガン・マキシマム』 マンガDX+ 少年画報社 公式マンガアプリ https://mangadx-plus.com/comic/viewer/CT00000186/CE00005706

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