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誰かが引き継いだものを受け取って、また誰かに引き継いでいく。

私は美容院をコロコロと変えることが出来ない。
その理由はくせ毛だからだ。

くせ毛故、朝のスタイリングには時間がかかる。
あっちへピコンッ、こっちへピコンッと跳ねる奴らを抑え込むのに必死だ。
湿気の多い夏の時期は奴らの活動が活発化していて、格闘時間は増えるばかり。最後にはもう降参と白旗を上げて、跳ねた奴らを頭に乗せて仕事に出かける。

そんなくせ毛を持つ私は、20年以上の付き合いのある美容師さんにずっと髪を切ってもらっている。彼女にはだいたいのことを伝えれば良いように切ってもらえるので毎回任せきりだ。彼女がお店をもって10年以上になり、今でも変わらず通っているが、母親も通っているので母娘でお世話になっているほどだ。

ふと思い立ってAさんに髪を切ってもらったら

彼女以外に髪を切ってもらうことがなかった私だが、ある日予約を希望した日に彼女(以後オーナーさん)が不在だった。日にちを変えようかと思ったが、ふと思い立ってスタッフのAさんにお願いしてみることにした。

Aさんはオーナーさんがオープンしたお店の1年目の途中から居るので、お店ではオーナーさん以外では一番の古株さん。まだ美容師学校を卒業して間もないころだった彼を最初から知っているので、ほんとに素敵になったなぁと成長を感じて母親気分である(笑)。実はアシスタントの頃から母娘でファンで、本人にもお店でも母娘そろって公言している。

そのころはAさんがスタイリストになって2~3年が経っていたし、贔屓のお客さんも結構いたようなので、実力も付いてきたんだろうなと目に見えて分かるようになっていたし、何より彼の人柄もすごく素敵なので一度お願いしてみたいと思っていた。

そんなAさんに実際に切ってもらった感想は、『全く違和感がない』だった。

オーナーさんとAさんの切り方は全く違う。スピードや使う道具も、切っている最中の手の動きも全く違う。オーナーさんは女性、Aさんは男性なので視点も違うと思う。

けれど、どっちに切ってもらっても違和感なく自分の頭にしっくりきていた。

『安心して任せられる美容師さんが一人増えた!!』

と私は嬉しく思ったのを今でも覚えている。
それ以来、オーナーさんが不在の時はAさんにお願いするようになった。

けれど、それも2号店ができるまで。2号店が出来てからは店長として移動になったAさんに切ってもらうことがなくなっていた。

そんなAさんや2号店に移動になったスタッフさん達に会いに行こうと思い立ち、先日髪を切ってもらいにお邪魔してきた。

人に認めてもらえた瞬間

お店に入ると、Aさんはまっすぐに小走りにやってきて笑顔で迎えてくれた。他のスタッフさんもみんな『ご無沙汰してます!』とあいさつに来てくれた。忘れずにいてくれたことが嬉しい。

髪を切ってもらいながら、最初はこうだったねぇとか、あの頃は大変だったねぇとか、今は店長さんとしてどう?とかいろいろと話をした。
それは20年を超えて付き合いのあるオーナーさんとの信頼関係と同じように、10年以上付き合いのあるAさんとの信頼関係の中でできる話ばかりだ。そういう話ができるようになったことも嬉しいし、彼も彼なりに頑張ってきたんだなぁと感じる時間だった。

そんな彼が、私に関する一つの思い出を教えてくれた。

以前に彼が私の髪を切った後、次に来店した際に私の髪をオーナーさんが見てこういったそうだ。

『だんじょうさんがすごく良い感じにセットしていた。あれは切り方がちゃんとしてないとできない。前回A君が綺麗にカットしたからだよ。ありがとう。』

これを聞いた彼はすごく嬉しかったそうだ。それを今でもはっきり覚えているらしい。オーナーさんに認めてもらえた瞬間だったのだ。

オーナーさんは長い付き合いのあるお客さんを他のスタッフに任せるのは少し不安があったかもしれない。それを任されたAさんも不安と緊張があっただろう。けれど、オーナーさんはAさんに任せることでAさんの成長を期待しただろうし、Aさんもオーナーさんのお客さんの髪を切ることで一つの経験をし、期待に応えるための努力をしたんだと思う。

人に認めてもらえるということがどれだけ嬉しいことか。その経験がのちの頑張りに大きな影響を与え、大きな成長に繋がる糧となるのだ。

現にAさんはそれを今でも心の中に置いている。彼はそういった経験をいくつも心に留めて、今も頑張っているんだろうと思う。

なんだかこっちが嬉しくなった話だった。

誰かから引き継いだ仕事を私たちはやっている

自分の仕事を人に預けるとき、信頼して任せるのだけれども、少しの不安もつきまとう。
それが長年自分が積み重ねてきた仕事であればあるほど、お客様に対して粗相がないか心配になる。

けれど、仕事は引き継いでいくものなのだと私は思う。

私がやっていることも誰かが誰かに引き継いで、それをさらに発展させて次へ引き継いで、今私がやっている。
ちょっとづつちょっとづつ、引き継いだ人の要素を加えて、積み重なったものを引き継いでいる。

今どこかで生まれたものも、実は全くの新しいものじゃなくて、引き継いできたいろんなものの要素が組み合わさってできている。
だから、全くの新しいものなんてそうそうないのだ。

受け継ぎ、発展させ、さらに次へと引き継いでいった結果が今なんだろう。

Aさんもオーナーさんが引き継いできたものを受け取って、自分の要素を加えて、また後輩に引き繋いでいく。
そうやっていろんなものを、次の世代へ引き渡していくんだろうな。

私がやっていることも、いつか誰かに引き継がれていくのだろうか。
そこに少しは私の要素を加えることができるだろうか。
そんなことを想い巡らせた。

Aさんは髪を切り終わった後、こういった。

『だんじょうさんを何回か切らせてもらったけれど、今回が1番綺麗に切れました!』

自画自賛!!(笑)

切っている本人がすごく綺麗に切れたと自画自賛できるのは、自信をもって仕事ができた結果だ。慢心からの言葉は不快感を与えるが、その気持ちから出た言葉はこちらにはすぐ分かる。しかし、彼の場合は純粋に満足いくカットが出来て、やり切った故に出てきた言葉だった。

それは、Aさんの満面の笑みが証明していた。

いろいろと引き継いできたものに、自分の要素を加えてできたものが鏡の中の私だ。

鏡に映る私の髪は最初に切ってもらったときに思った感想と変わらず、『違和感なく』私の頭に収まっていた。

すっきりした髪を触りながら、なんだかほっこりと心が温かくなったなと家路についた。



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