見出し画像

「喜びは苦しみの向こう側」1

秋晴れの空の下、学校の最寄りの駅から校舎へと伸びる緩やかな坂道を、これから始まる新しい人生に期待を寄せた新入生のような初々しい気持ちで俺は歩いていた。

既に朝10時を回っている。ラッシュ時は校舎へ向かうこの坂道を他の学生が賑わしているがこの時間帯は誰もいない。

コンクリートの中央分離帯がある片側2車線ずつの車道には、10トンのダンプカーが往来していて騒音と排気ガスの匂いが酷かった。匂いと騒音はほとんど気にならず秋晴れの丹沢稜線を歩くかの如く爽快であった。人の行く山の裏に花ありだったか。。

校舎へと向かう最後の路地を曲がるとツメ襟の学生服を着た奴が1人こちらへ向かって歩いている。中学の頃の同級生だ。こんな時間に校舎から駅へ向かっているのはザボって退けてきたんだろうと思った。そいつは俺の顔を見てニヤニヤしながら言う「お先にしつれいしました」

実はこいつも当時の男子高校生活におけるマウントの取り合いに疲れていたようだった。

当時は日本のバブル絶頂期。日経平均は3万円をゆうに超え日本企業は世界に打って出ていた。今から振り返るとエンパイヤステートビルを買っただの、アビーロードスタジオを買っだのと勢いが勢いを生んでいたようだった。当時の俺達は日本の首相の名前もわからないガキだったが、何者かになろうと夢中で取り組める何かを無意識に探していた。

すれ違いざまに足を止めて聞く「マジか⁈ 退学願い出してきたの?」友人は何も答えず当時流行っていたリベラマイルドを、既に何十年も使っているかのような年季の入ったジッポライターで火をつけた。どんな不良でもこの場所では学校に近すぎてタバコは吸わない。大きく吸い込み一拍息を止めると、右斜め上に長く煙を吐き俺にも勧めてくる。「お前も吸う?」ケムリが沁みて左瞼を顰めて涙ぐんでいる。

この行動で俺は瞬時に理解した。学校を辞めたのだ。

面倒くさい奴だ。質問に答えず態度で見せて相手に正解を言わせる。迎合した奴は自分より下。当時最低ランクの男子工業高校なんて所詮そんな奴らばっかりだった。だが、コイツは気心知れた中学時代からの友人で皮肉ってやっていることはすぐにわかった。俺は勧められたのを無視して自分のタバコを取り出し火をつけた。「リベラはインポになるからいらねぇよ」

その日、俺は学校へ行かずそいつを誘って三浦海岸交差点の近くにあるマックで昼飯を食うことにした。学校をサボる時は最寄りの駅を降りずその先の駅の近くで下車して海を見に行くのが唯一の慰めだった。

何かに没頭して人より長けるものを身に付けたい。朧げながらにイメージはあった。だが、何から始めれば良いのか分からない。どこにいけば導き手に出会えるのかも分からない。世の中の仕組みなど何も分かっていない。分かっていないことを分かっていない。そんな状況だった。

平日の午前11時前の海沿いのマックは思いのほか空いていて10月の中旬にしてはやけに蒸し暑かった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?