『僕なんか』は誰へ差し伸べられた手なのか

日向坂46の新譜『僕なんか』MV公開して1週間経ちましたね。

shachiさんのnoteにあるように、今までの日向坂楽曲は「パッと見聴きすると明るくかわいいが、歌詞を読み込むとネガティブ」というギミックを入れることで「自分だけが気づいた」感を出していることが多かったのですが。

今回は最初から暗いというか哀愁を感じさせてます。映像や衣装の色使いもだし、アイドル達の表情も同じ。おまけに歌詞も「僕なんか」と初手からネガティブモード全開。

なんでだろうなぁ、と思いながらMV見つつ歌詞を眺めてたんですがこれかな? ってものがありました。

『僕』は誰?

歌詞で歌われている子は「素敵な君の魅力にようやく気づいたけど今さらそんなこと言えないよ」というネガティブ思考な人。

ここ最近日向坂を知って好きになった新規ファン(になろうか迷ってる人)に向けたものなのかな? と最初は思ってました。

でも、ここであるイベントが行われていたことに気づきます。

これに応募しようか迷っている子達の背中を押すためのものだったのかな、と。

「私なんか」とつぶやく女の子へ

日向坂46と言えば『ハッピーオーラ』をモットーとする坂道3グループの中ではもっとも明るくポジティブな存在。

……なんですが、当の本人達はかなりネガティブ思考が強いメンバーが集まっていたりします。
それはオーディション参加を促すためのTVCMを見ても分かります。

『僕なんか』の歌詞を読むと、そんなメンバーの心情を歌ったかのようなフレーズが出てきます。

でもこれ、今のメンバーというより未来のメンバー、一歩を踏み出したいけど踏み出す勇気がない子達に向けている気がします。

日向坂46としては「クラスの1軍や勝ち組の子」が欲しいのではなく、コンプレックスを抱えて「私なんか」と思っている、けど本心ではアイドルのような輝きを手にしたい子を求めているのではないかと。

MV中での小坂菜緒演じる子がまさにそんな感じで、動画作成しながらもつい振りをしてしまう、アイドルに憧れる女の子。
その子が日向坂46の元へ駆けていき衣装をまとい一緒に踊る=あなたもここに立てるかもしれないんだよ、と画で見せる。

小坂が入ってからメンバーが笑顔になるのも象徴的です。日向坂に入れば笑顔になれるよ、と(ここは無事復帰した小坂をメンバーが歓迎している、というダブルニーミングにもなりますね)

歌詞はずっと「僕なんか」を連呼しているんですが、最後の最後に「僕なんかなんてもう言いたくない」とぱたんとひっくり返して終わります。
ネガティブベースでポジティブという、今までの日向坂楽曲とは違う方向性を打ち出してますね。

歌詞にストーリー的なものがなく、あくまで当事者が思った/想ったことしか言ってないのは『キュン』と同じで、このあたりはストーリーを極力排除し、歌詞を読み解いた人間の感情移入具合を高めたい狙いがあるんだろうな、と思います。

表に出て無くて、『自分が気がついた』という『自分事』として記憶に刺さりやすくする。というテクニック

「キュン」の素敵さと、暗さのMixは名曲の証

『僕』は未来のメンバー……かも

『僕なんか』は未来の日向坂4期生候補に「おいでよ」と言うための楽曲でありMV。
オーディション〆切5時間前の月曜12時に公開というのも、それを狙っていたんじゃないかなー

……と、こんな見方もあるのでは? というメモ書きでした。

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