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⚠️この文章は敬体・常体、文語・口語ごちゃ混ぜです。そして内容があっちこっちに飛びます、文章酔いにご注意ください。

16 Personalities ってご存知ですか。
最近これで大盛り上がりしていました。主にひとりで。

何者でもない感覚が好きでふらっと知らない場所や世界に片足を突っ込みがちだけれど、たまに自分という存在を言語化してみたくなって、枠の中に嬉々として入ってゆきます。大抵は納得できなくて時間を無駄にしたという虚無感に襲われるというオチですが。

それはそうと、結果はLogician(INTP-T)でした。

思わず笑ってしまいました。「いやいやいやそんなわけあるかい」と。そう思いつつちょろいので同じタイプの著名人のリストを見て喜んでみたりしていました。

これに限らず、自分の行動とか考え方を自分の中で一般化して回答するものって信憑性は高くないと思っています。なぜなら、自分を客観視しようとしても自分というフィルターがかかっているから。仮に他人に答えてもらっても、他人毎にフィルターがかかることに気がついてしまったので信憑性云々は少し置いておきます。

Logicianがどんな特性を持っているのかという内容は省くとして、ざざっと読んでの感想は「かなり心あたりがある」でした。
その根拠はと言うと、自身の経験と客観視の結果からです。後者は置いておくとして(2回目)前者の自身の経験はかなり信憑性が高い、と勝手に思っている。自身の経験とはひとりで経験したこと、他の人から指摘されたこと、大抵は失敗、またはよくないこと。

失敗、怒られる、恥ずかしい、悲しい、辛いという負の感情に分類されるものたちはあまり日常的に抱きたくはないものです。が、振り返ればその回数の多いこと。というより、100 の好意より1の批判と言うように所謂負の感情や出来事は正の感情より記憶に残りやすい。少なくとも自分はそのようです。負の記憶って正の記憶より思い出すきっかけをたくさん含んでいるような気がしています。自分の中で負の記憶はあまり思い出したくないものなので常日頃から片隅で存在感を発揮している訳ではありませんが、割と些細なことで鮮明に思い出されるものです。

画面の前で自己嫌悪に陥りそうにはなりましたが、ちょっと待てよと。失敗を筆頭に散々負の経験をしてきたからこの結果に納得できたのではないかと思った訳です。かつて、ビスマルクの名言のひとつ「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」を初めて聞いた時に文字通りに受け取った自分を思い出しました(割愛)。

↑これらの記事で散々できないだの苦手だの明言してきた自分でしたが、1/16に分類できることがわかりました。100%収まるというよりは綺麗に言語化された分析結果の中で70%くらい理解できる部分があったということです。そして自身の経験という自分の中で信憑性がかなり高い判断基準からそう思えたからです。

熱冷めやらぬうちに書き始めてしまったので話があっちこっちに飛んでいますし、何が話したかったのか自分でもよく分かってはいませんが(おいおい)

目的を持って生きてきた訳ではなく、現時点の感想ではありますが面白い人生してきてよかったな〜〜って思えました。なのでこれからも赴くまま好き勝手生きていこうと思います。

もし、どんな人間ですかって聞かれたらこの結果を共有しようと思います。無言で。

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