見出し画像

防火水そうのきんぎょ

その防火水そうには緑がかった水が満ちている
周りにはフェンスが側には色褪せた標識が佇む
雨でも風でも晴れでも変わらない
ただ静かに自分の出番を待っている

日常生活ではあまりに縁のない防火水そうは
風景の一部でしかない

ある日

吸い込まれるようにフェンスの内側を覗いた

きんぎょが居た

2匹、紅色の金魚

きんぎょは泳いでいた
フェンスの外側から覗くふたつの眼があることに気がつかずに
ただただ緑色の世界で泳いでいた

酸素を送るポンプも綺麗な小石や水草もない
定期的に与えられる餌もない

それでもきんぎょは生きていた
時折水面に顔を近づけながら泳いでいた
まるでそこが世界の全てであるように

どうして防火水そうにいるのか
きっときんぎょは知らない
ここが防火水そうであることを知らない

ただきんぎょにとってはそこが世界の全てで
ポンプや餌がなくても生きていく場所で

置かれた場所で生きている
緑の世界で泳いでいる

きんぎょには抜け出す術がない
抜け出そうとも思っていない
だから防火水そうで生きている

餌が与えられなくとも生きている
無色の綺麗な水でなくとも生きている

与えられた世界で生きている

与えられた世界で生きるか生かされるか

少しだけきんぎょが羨ましかった

防火水そうのきんぎょが答えをくれた

金魚は今日も生きている


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?