女は女である

今日は初雪が降ったよ。あ、もう昨日か。家を一歩出ればそこはもう銀世界。凍えそうなくらい寒い朝。白い雪がレフ板みたいで、周りから自分がいつもより可愛く見えているんじゃないかと期待していたんです。道路にも雪が積もっていて、滑るので、両手でしっかりハンドルをつかんで運転してました。久しぶりに。私は自動車通学です。こんなのが毎日なら、4年に1度くらい死んでしまいそうな気がしました。昨日の朝は口紅を塗る私の右手が震えてました。18禁を通り過ぎて、お酒には辿り着けなかった19歳。この震えは寒さからではなくて、何も登るはずのなかった19歳に突然変異であらわれたヤコブの梯子の所為です。私はこの梯子を登ってしまうらしいのです。「そばにいたい」なんて初めて言われました。
ところで女になるということはどういうことでしょうか。
私は親の前では一生子供でいたいです。もし結婚するとしても親に内緒で結婚したいくらいです(現実的にはおそらく無理ですが)。兎に角、親に一瞬でも女だと思われたくないんです。生理もバレたくなかったです。そういえば、ずっと覚えていることがあります。小学1年の終わりに、小学3年の男の子に性的な嫌がらせ(私には全く嫌がらせという認識はありませんでしたが)を私が受けていたと友達が先生に報告したときに呼び出されたあの校長室で、担任と校長の、たった小学校1年生だった私を女として見ていたあの目を私は忘れることができません。私は何も知らなかったのに、女として扱われたことが本当に気持ち悪かったです。当事者の私たちは何も気にしていなかったというか、性に関して、自覚がそれほどない年齢でしたので、大人たちだけがから騒ぎして、私たちは本当にぽかんとしてました。大人に言われるがままに謝って、大人に言われるがままに許しました。こんなことするなら放っておいてほしかったです。あの場では被害者は私ということになっていましたが、その男の子に謝られても、許すとかそういうのなかったです。私全く傷ついてなかったので。それよりも大人が私たちを見る目に、胃もたれみたいに、心がむかむかしました。本当に、私たちを思って指導したのでしょうか。教育って野蛮です。私に傷ついたのかとか何も聞かずに。自己満足でしょうか。一番嫌だったのは、親に連絡が入ったことです。吐き気がするほど気持ち悪いです。家にその男の子が親と一緒にお菓子を持ってやってきました。いやです。私は本当に何が起こっているのかわからなかったです。その日から親が私を見る目に自分の子供を見るということだけでなく、女というジャンルが新たに加わったような、そんな気がしてなりませんでした。私は生まれた瞬間から女なのではありません。周りに女にさせられたのです。20歳になっても、大人になっても、ビールとか珈琲の苦味を美味しいなんて思わない気がします。みんなが美味しいって言ってるから美味しいなんて感じられるわけがありません。もしかしてあのとき、みんなが私を女だというから、私は今、女なのかもしれませんが。

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