#エッセイ
純粋理性批判の『空間について』を読んでいた。
空間とは経験以前に本質的に備わった人間の直観(直ちに理解できる感覚)だと言う。なるほど。
ではその直観する能力に個人差があるように見えるのはなぜだろう。目の見えない方は事物をどう直観しているのだろう。
謎が謎を呼ぶが、興味深い論題だ。
小さな頃、電車の中で、窓のすぐ外にある電線の動きが気になって堪らなかった。
固定されていたはずなのに、なぜ電車が前に進み風景が後ろに流れると、それは高くなったり低くなったりして動くように見えたのだろうか。
物理学や数学で解決できそうな話だけど、幼心に不思議な現象だった。
ヘルマン・ヘッセのシッダールタを読みながら考えた。
人間を含む生物は物理学に基づく生化学反応の連鎖に過ぎないと言われているのに、世界でなぜ、他でもない自分の頭でだけ意識を感じるのだろうか。
そこには今の科学でも解明されていない何かがあるような気がする。その秘密を探り当ててみたい。
小説を読む時、どうしても時間的あるいは空間的なふるいを受けた作品だけ選びがちな僕だ。
具体的には50年経っても残っているもの、または世界各地でも読まれているもの以外は躊躇ってしまう。
成果主義の部分もある僕だから、本当に価値ある作品を慎重に選ぼうとしているのかもしれない。