「ある男の天国についての断想」

 天国にはベーコンがあると聞いたことがある。天国でも、屠殺が行われているのだろうか。
 それでは動物が可哀想だ。しかし、全能なる神のいる天国では、この世の常識が通用しないと考えても、おかしくはない。肉が育つ畑があるのかもしれない。それとも、それは夢や幻のような象徴的啓示の一種で、天国での生活が、こんがり焼けたベーコンを沢山食べるような、充足感に満ちた生活である。という意味なのかもしれない。そこまで考えて、この発想はなかなか的を得ているかもしれないな、と直感するのだった。なぜなら、当たり前だがすべてのこの世の人間は天国を経験したことがない。経験したことのない事について説明しようとすれば、経験したことのある事柄を例に出して説明するしかないというのが道理だろう。
 ここで、私は自分にとっての天国について考えてみた。その時脳裏に閃いたのは、一体のリカちゃん人形だった。これにはわけがある。恥ずかしい話をすると、自分はこの歳にもなって、少女用の人形で遊びたいという変わった欲望を持っているのだ。
 やった事はない。周囲の目が怖くて、実際にしようとは思わないのだ。しかし、その拒絶反応もいずれ崩れゆく日が来るのではないか、と最近思うことが多くなった。日に日にその欲望は強まってゆき、水を即座に取り込む乾ききった大地のように、それは充足を知らない。私がこの世ですべての人形を買い集めたとしても、満たない程であろうことを予感していた。
 いつの日か、自分が死んで、天国へ行くとしたら、きっとリカちゃんやそれに連なるドールで満ち溢れている事だろう。もしくは己がそれらに対して感じるリカちゃん人形達への異常な欠乏感を埋め尽くすことができるような、鮮烈な体験で満ち溢れているのではないだろうか。
 それは、この世での常識を超えた体験となって現出してくるに違いない。
 そう願うばかりである。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?