ザ・ストレージパーティ 2010年2月15日カリフォルニア カピストラーノビーチ
暗闇の先から突然目がくらむほどのサーチライトとショットガンを構えた7人のSWAP隊員が怒号とともに迫ってきた。
数分後、私達4人は映画「ユージュアルサスペクツ」のパッケージ写真のように後ろ手に手錠をはめられたまま壁の前に整列し写真撮影された。2010年2月15日夕方、カリフォルニア州カピストラーノビーチのロビン・キーガルのファクトリー。
そのときロビンはカリフォルニアのサーフカルチャーに嫌気がさし、自らの方向性を模索するためハワイから日本、オーストラリア、ヨーロッパと巡るために「FREAK WAIVE」という数ヶ月に及ぶ長期間のツアー立ち上げ、その出発を翌朝にひかえていた。
結局、ロビンはこの旅中のオーストラリアでボブ・マクタビッシュ、ラスティ・ミラーらに会い、「ショートボードレボリューション」について当の本人達から直接薫陶を受け、自らの進むべき道を見つけ出した。そしてその究極のプロジェクトを完成させるための居住の地を見つけ出し、翌年にフランスへと旅立った。
また同行したエバンはオーストラリアで最愛の彼女イエイニーとめぐりあい、同じく翌年にオーストラリアへ移住を果たすこととなった。
そういった意味でその日は私達を含めた一同がカリフォルニアで会した最後の時であり、その後に続くガトヘロイの大躍進、大転換の序章であった。
しかし、私達は当然その行く末を知らず、ましてやその夜、私達に降りかかった災難のことは知る良しもなかった。
当事者達がその日のことを「ストレージ(パーティ)」と呼んで懐かしんでいるその顛末とは・・・
午後5時になってもロビンは探し物をしていた。ロビンだけでなくカリフォルニアのサーファー達は本当によく物をなくす。パスポート、エアチケット、財布、鍵・・・カリフォルニアサーフカルチャー=ルーザーズカルチャーとは物をなくすのが得意な者たちを指すのではないかと思うほど、どこかに出かけるときには誰かが必ず、必ずパニックになっている。
ロビンが探していたのは8ミリカメラの充電器。長期間のトリップの必需品であることは間違いない。ファクトリー兼住居の中には所狭しと物が置かれている。サーフボードの製造に関するものはもちろん、Tシャツをシルクスクリーンするための装置と材料、ウェットスーツのミシン、収集している古いジャズレコード、創刊号からすべて揃えられているサーファーマガジン、ピアノに古い地球儀、歴史に関する書物、印象派のアート作品集、そしてビールの空き瓶などが・・・
その中から小さな充電器を探すことは並大抵のことではなかったがさすがに3人がかり(ロビン、私、現在カリフォルニア在住の前篠崎店店長の藤屋)で2時間もかき回した頃には、この場所にそれがないことはうすうす感じていた。
突然、ロビンが「たぶん倉庫だな」と言った。
ここで言う“倉庫”とはちょっと郊外にあるレンタルスペースのようなもので、セキュリティのかかった門の先に何軒ものアパートのような建物があり、その2階構造になったアパートの中の廊下に沿っていくつものドアがありそれぞれそのドアの中に4畳半くらいのスペースがある。入り口、階段を挟んだ両方向に約30メートルほどの廊下があり、それぞれ20数戸のドア付の部屋が並んでいる。
ちょうどそのとき二人の友人が現れた。
一人はサンクレメンテにある日本人御用達のサーフショップ「アイコンズ」の店長(当時)のクリス・クロウ。そしてもう一人はロビンと一緒に旅立つエバン。
そこでクリスが「じゃあ、俺が倉庫に行って探してきてやるよ」と言った。
パニック寸前のロビンと一緒にいるのは息苦しいと感じたエバン、私、そして藤屋もすかさず「俺も、俺も」と続き、4人で車に乗り込んだ。
しかし倉庫に着いたときにはすでに閉門時間の8時を少し回っていたためゲートには鍵がかけられている。
少し躊躇する私の意をよそに「中の鍵は持ってるから、このまま行こう」とクリスは1mくらいの高さの門をまたいで敷地の中に入って行き、私達もそれに続いた。
目当ての建物にも鍵はかかっていたが、持参した鍵でドアを開け2階への階段を駆け上った左側の奥のロビンが借りているスペースのドアの前に私達は難なく到着した。
ドアを開けるとそのスペースからのあふれ出さんばかりの荷物の山に私達は唖然としたが、とにかく探し出さなければならなかった。体力自慢の藤屋が室内に入り込み、残った私たち3人は火事場のバケツリレーのように中から順にガラクタを運び出していた。
5分後「カシャッ」という音とともにすべてのライト消えた。
すると何度もここに来たことがあるエバンが「大丈夫、スィッチの場所は知っているから」と言いながら走って建物の反対側の奥に暗闇の中を消えていった。
明るくなったことに安堵し、充電器探しを再開したほんの数分後、再びすべてのライトが消され一瞬の静寂が訪れた。
そして私たちが会話をする間もなく、突然怒号とともに静寂はかき消された。
「DON'T MOVE! LEI DOWN ON THE GROUND! WE SHOOT YOU!(動くな!床に伏せろ!撃つぞ!)」
廊下の先端のほう、怒号の先にはすでに暗闇から一変し強烈に眩しく思考までも停止させるようなサーチライトが発せられていた。
怒号と激光が急速に近づいてくる。
「DON'T MOVE! DON'T MOVE!」(動くな!動くな!)
「LEI DOWN ON THE GROUND!」(床に伏せろ!)
「WE SHOOT YOU! WE SHOOT YOU!」(撃つぞ!撃つぞ!)
私は眩い光の中、少しずつ状況を理解してきた・・・私達は窃盗団と思われているようだ。(実際、この倉庫には頻繁にメキシコ系の窃盗団が押し入り銃撃戦を繰り広げたことが数回あったと後から聞いた)塀を乗り越えたことでセキュリティが感知し、通報されたのだろう。
すでに私の横で床に伏せていたクリスとエバンが泣き叫んでいた。私の想像をよそに状況はかなり深刻のようだ。
「トシ、頼むから床に伏せてくれ。冗談じゃないんだ。あいつら本当に撃ってくるぞ・・・頼むから伏せてくれ・・・」
私は両手を挙げながらゆっくりと床に伏せた。
同時に頑丈そうなヘルメットの頭部にサーチライト、手にはショットガンの7人のSWAT(特殊部隊警察官)に頭上を囲まれた。
依然として彼等は大声で叫んでいた。
「撃つぞ!撃つぞ!後ろに手を回せ!」
私達はわき腹を蹴られながら伏せた体勢で両手を後ろに回した。そして私たち3人の手には固く手錠がかけられた。
一人ドアの奥に潜んでいた藤屋は思案した。
「もし動いたら、物音をたてたら・・・撃たれるかもしれない」
彼は状況を分析し(普段は状況分析は苦手であったが)、先に声を発することにした。
彼には6年間のアメリカ居住暦があり、英語は完璧であった。警官を納得させられる一言を発することも可能だった。
しかし半ばパニックに陥っていた藤屋は(ともかく、ほんの少しでも物音をたてた瞬間にショットガンが放たれる)、適切な言葉も失っていた。
「ワンモアーヒアー(もう一人ここにいます)!」
床に伏せていた私は噴出しそうになったが必死にこらえていた。何しろリアルな展開だ。
SWATはショットガンの安全装置を乱暴にはずし全員がドアの方向に銃口を向けた。
「ワンモアー、ワンモアー・・・」
「OK!手の平を見せろ」
藤屋の片手がドアの端から除く。
「もうひとつの手も見せろ」
両手の手のひらだけがドアから出てきた。顔と胴体はまだだ。
私はすでに徐々にではあるが、この状況がシリアスな展開にならないことを確信していた。
そのため後ろ手に手錠をかせられうつ伏せの状態でありながら、視界に入った藤屋の両手のひらを見て少し噴き出してしまった。
「よし、そのまま出て来い。手を動かすな。動いたら撃つぞ!」
そして私達4人は壁を背に整列させられ写真撮影の後、一人ずつ別々にパトカーに乗せられた。
「何をしてたんだ?」
「カメラの充電器を探してました。」
「住まいは?」
「日本です。」
「おい、お前たちはわざわざ日本から来て、塀を乗り越え、カメラの充電器を探してたって言うのか?」
「はい、そのとおりです。でも鍵は持っていました。」