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「私」

皆さん、こんにちは。或いはこんばんは。風見汐音と申します。

さて、公演四日前に私の降板のお知らせが出て驚いた方も多いかと思います。
決定したのは公演一週間前でした。
元々、それこそ多分役が決まったくらいから、ぼんやりと稽古が億劫でした。最初は、まあ、欲しかった役がもらえなかったから嫌なんだろうな、そんな我儘言ってないで頑張らないと、と思っていたのですが、衣装合わせのときに嫌悪感が一気に跳ね上がりました。
これで、板の上に、乗る。皆に見られる。その事を考えた時に、嫌だと思いました。多分男装が嫌なんだと思います。あまりに自分と乖離しているからなのかもしれません。役が決まって稽古が始まるまでは、そんなことは少しも思っていませんでした。まさか、私が、男役を忌避するなんて、ほんの少しも。
その話を一週間前、会場下見のときにふと同期に零したら、無理してまでやることはない、と言われて、それで、降板を決意しました。

その日、下見の後に稽古がありましたが、役者じゃなくなった私は、精神面が安定しないのもあって早抜けしました。

その後、普通には帰る気にならなくて。

(以下、人によってはかなり辛い内容です。貴方の中の“私”を殺したくないのであれば、見ない事をおすすめします。このまま画面を閉じてください)













海に、行きました。
ここから歩けば、去年の企画のフライヤーを撮った、あそこが近いと思って。

あれだけ、自分の役が言及していた、“それ”に、なろうかと思って。

元来、私はかなり精神が不安定になりやすい方です。加えて、他人に嫌われるのを酷く怖がります。それが、本番一週間前、一番大変なタイミングで役者変更を強いる。だったら、男役が嫌だ、とか、戯曲の内容がしんどいとか、そういう他人の物差しで測れないような理由じゃなくて、もっと正当な理由を作ろうと、そう思っていました。
正直、高校の同窓会が終わってから、ずっと不安定でした。台詞が入っていないのもあって、ずっとずっと稽古で迷惑をかけていたから。
線路を見て、そこに身を投げることを考え始めたら私は今危ないところにいる、というのが、高校に入ってから五年間で得た教訓です。それに、なっていました。
勿論、稽古だけが悪いわけじゃなくて、将来への不安とか、六月の企画公演を降りたこととか。それらだって要因です。なにも、別に、全部悪い訳じゃない。

「死ぬにはいい機会ですね」という言葉がずっと頭の中を巡っていて、20歳、年度末、自分の居場所が分からなくなってきて、ああ、確かに死ぬにはいい機会だな、となんとなく感じていました。私は私で自分の居場所を壊していく。だったらもう居る意味なんてないんじゃないか、ずっと、そう思っていました。なんなら多分今も思っています。

けれど、でも、それを正直に言える相手は残念ながら大学にはいません。

高校の時の、一番不安定だった私の事を知っている人じゃないと、私はそれを発して、助けてもらおうとしません。
でも、最近は彼にだって頼るのはやめています。だって別の場所で、別の日常を送っているから。頼るのは本当にダメな時です。それ以外は自分でどうにか宥めて、落ち着くまでやり過ごしています。

でも、本当に駄目な時は、連絡する。

これは前の恋人と別れた時にした、敬愛する彼との会話を、勝手に約束にしているだけです。今回私が三月末ずっと踏みとどまっていられたのは他でもなくこの約束のおかげですが。

本当に自死を選ぼうとしたときには、前触れを出す。

お喋りな私が、辛いということを誰にも零さないまま消えられるわけない、という考えから出てきているこの言葉ですが、今回で彼は側にいないから、連絡しないまま飛びかねない、ということに気が付きました。

そのとき、鎖になったのが、自分のこの言葉で。

だから、ダラダラと、いなくなりたいと思いながらも、ずっと生きていました。まだ、連絡してないから、って。

そして、先週。

高校の頃のいつものように、彼にメッセージを送りました。
目の前には海。対岸には工場の灯りが点っていて。波打ち際を歩きながら、このまま攫われてしまえばいい、そんなことを考えながら。
結局、そのままそうしてたっぷり一時間。ゆるゆると返信を待ちながら、海の音を聞いていると、衝動的に湧いていた気持ちが落ち着いていきました。

昔は自分よりずっと達観して、先を歩く人だと思っていた彼が、最近やっと近くを歩いていることに気がついて。そんな彼と悩みを分かちあいながら、帰路に着きました。
危なっかしいな、と言いながら話をいつも聞いてくれる彼には本当に感謝しています。

「死なんでね」

いつも、落ち着いた頃にそうやって言ってくれる彼の言葉が、私にとっての最後の縁なのだと、そう思っています。

私はいつも、百のうちの九十九の方です。でも、だからといって、本気じゃない訳じゃない。その場ではいつも本気です。

でも、結局私はここにいます。
康介から見たら私は面白くない人間なのかもしれませんね。でも死ななくてよかったとも思うから、それでいいんだと思います。

だから、君と対等に生きられる、今を大切にしていきたい。

どうかまた、舞台に立てるその日まで。ゆっくりお待ち頂ければと思います。

汐風に吹かれて、私は生きる。

以上、風見汐音がお送りしました。

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