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私は寿司屋になりたかった

彼女と私は本気だった。

店員が全員可愛い女の子の「ギャル寿司」を本気で海外でやりたいと思っていたし、恵方巻きに「フォーチューン寿司」と名付けて本気で海外で売り出そうとしてた。

どれもこれもあの頃を振り返るには充分すぎる思い出だ。

あの頃未来は無限大で、私達にできないことなんてひとつもないと思ってた。


彼女との出会いは17のとき。

私は2週間に渡るニュージーランドへの短期留学へ向かうため、成田空港に来ていた。

私以外にも大勢の高校生が同じカリキュラムで現地を体験する、いわばパッケージ留学のようなものに参加させてもらったのだ。

地元である山形からひとり成田へ向かう私は、もちろん不安でいっぱいだった。

留学エージェントや他の学生とは成田で落ち合ってそのまま全員でニュージーに入国する予定だが、果たして私はちゃんとみんなと上手くやっていけるのだろうか。一体全体どういう人達が集まってくるのだろう。

そんな不安を抱きながら集合場所にたどり着いた私の目の前には、ド派手なピンクのバックを持った黒ギャルがいた。

バックにはどんなに目が悪い人でも絶対に見落とさないレベルの大きな文字で「I am Japanese」と書かれている。感動した。

「そのバックいいね」
気が付いたら私の口が勝手に話し掛けていた。

お世辞ではない。こんなバック、山形では一度も見たことがない。

「でしょ!ANAPで買ったの!」
彼女はそう言ってニヤリと笑う。

私達はすぐに仲良くなった。

これは余談だが、褒めた持ち物のブランドをすぐに共有してくれる女は信用できる。トイレが早い女も同じくだ。


彼女は東京出身で、歳は私よりもひとつ上。

類は友を呼ぶ。それが私達にぴったりの言葉だった。男の子の話をしては、2人で立てなくなるまでゲラゲラと笑った。

全員が無事にニュージーへ入国したあと、留学生が滞在する寮の部屋割で彼女と私は別の部屋になった。私のルームメイトは真面目そうなタイプで「なんだ、つまんないの」と愚直にそう思った。

するといきなりドアが開いて、彼女が荷物を抱えたまま私の部屋に入ってきた。そしてまっすぐに私のルームメイトを見据えてこう言い放つ。

「ねえ、あたしと部屋代わってくんない?」

一瞬の出来事だった。

黒くて派手なギャルに勢いよくそんなことを言われてNOと言える人なんて一体この世にどれくらいいるというのだろう。

「これは一体なんの災害なんだ」
私のルームメイトはそう思ったに違いない。

そして笑顔で部屋を代わってくれた。今思い出しても頭が下がる。その節は本当にありがとう。

こうして私達のパーティーライフは半ば強引に幕を開けた。夜な夜な2人で部屋を抜け出しては楽しげな場所に繰り出した。

そして私達はあろうことか2人とも同じ男の子を気に入ってしまい、彼を巡ってバチバチの戦いが繰り広げられた。これは今でも2人の鉄板ネタである。

正直彼のことなんて別に好きでもなんでもなかったが、そういう話題で常にキャーキャーしていたかった。そういう年頃だった。

突然我の強い女2人に囲まれてしまったSamというあの青年、彼は今もどこかで元気にやっているだろうか。

彼がひとたびソファーに座ろうもんなら、すかさず彼女が右隣を、そして私が左隣を陣取った。みんなが「あいつらまたやってるよ」と私達を見て笑った。

こうしてニュージーランドでの時間はあっという間に過ぎ、彼女は東京へ、私は山形へと帰った。

彼女はその後5年ほど留学をしたので離れ離れになったが、私達の友情は続いた。

そして私が上京してしばらくが経った頃、やっと彼女が東京に戻ってきた。


彼女と私は本気だった。

店員が全員可愛い女の子の「ギャル寿司」を本気で海外でやりたいと思っていたし、恵方巻きに「フォーチューン寿司」と名付けて本気で海外で売り出そうとしてた。


スポンサーを見つけるために2人でキャバクラに勤務してみたりもした。目ぼしい企業を見つけては売り込みのメールを送ったり、直接訪問したりした。

「どっちにしろうちらも寿司作れなきゃいけないよね」と思い付いたときには即座に寿司職人になるための専門学校にアポを取った。

が、寿司職人への道のりは思ったよりも険しそうだった。学校見学へ行ってみてすぐに思った。

「私、絶対に職人向いてない」

彼女も隣で全く同じことを思っていたはずだ。顔には大きな文字で「無理」と書かれていた。

結局その日はタダで寿司をたらふく食べて満足して帰路についた。そして思い出のひとつとしてそっと胸にしまった。入学はしなかった。

その後の会議で「うちらは経営者だから職人は他で雇えばよくね」という考えにまとまった。今振り返ると恥ずかしい以外の感情は浮かんでこない。

「元気でいいね」と大人は私達を見て笑う。本当に元気だけが取り柄だった。


私達は若くて、怖いものなんてどこにもなくて、ここじゃないどこかに行きたかった。なにか面白いことをやりたい、とにかく目立ちたい。ただただそんなエネルギーを持て余していた。

この計画がいつなくなったのかはもう覚えていない。

彼氏のことや、仕事のこと、日々の生活に追われて、2人の夢はぼんやりと少しずつ消えていった。


私はいつの間にこんなところまで来てしまったのだろう。これは確かに私の身に起きた話なのに、まるで現実味がない。

あの頃私達は確かに夢の中を生きていた。思い出しただけで胸がキュッとなる。彼女との日々全てが私の宝物だった。


何故私が今更こんな話をしだしたかというと、つい最近彼女から結婚の報告があったからだ。

あんなにも遊び人だった彼女が、関係を持った男でワールドマップを作っていた彼女が、ついに世界でたったひとりの誰かを見つけたのだ。こんなに嬉しいことはない。

そして私は知っている。彼女が本当は誰よりも愛情深い人だということを。誰かととことん正面から向き合える強さがある人だということを。そんな彼女に選ばれた男はどんなに幸せ者だろう。

彼女から結婚の報告があった日、私のテンションは一日中ブチ上がっていた。「彼女が?!?!?!?!?!結婚?!?!?!?!やばくない?!?!?!?!」とわかりやすく興奮していたし、その日たまたま会った人全員にこの興奮を伝えた。

こんなにも心から幸せを喜べる友達を持てて私はラッキーだ。


大人になった彼女は今、どんな夢を見ているだろうか。
とびきり素敵なやつだといい。

そうして私達の物語は続くのだ。

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